で、二十四節気って?七十二候って?

2013年末ごろから、書店のいい場所に旧暦関連のコーナーが登場!
なんとなくプチ流行している気配も濃厚なので、いまさらあれこれ語ることもないでしょう。

が、少しだけ。
二十四節気と七十二候のことをさらっと復習しておきたいと思います。

富士見坂下から123952

二十四節気と七十二候

旧暦時代は、月の満ち欠けで日付を決めて、太陽の動きで季節を測った「太陰太陽暦」を使用。
(ちなみに、現代の暦は、地球が太陽の周りをまわる(=公転)約365日を1年とする「太陽暦<=グレゴリオ暦>」)

季節は、地球が公転する1年を24分の1に分けた「二十四節気」と、それを、さらに約5日ずつに区切った「七十二候」を変化の目安としました。
そして、「二十四節気」は、「立春」「雨水」…と単語であるのに対し、「七十二候」は、気象や生き物の生態を知らせる美しい「漢文」。
その違いも、なんだか面白いのです。

たとえば…。

七十二候のスタート、第一候は、立春の日から始まる5日間で、「東風解凍(はるかぜこおりをとく)」の時期という。
意味は、「暖かな東風が吹いて、氷を解かし始める頃」ということでしょうか。

そして、次候は、2月9日からの「黄鶯睍睆(うぐいすなく)」の期間。
これは、「鶯も山里に下りてきて鳴き始める頃」という意味です。

どちらも、同じ時期に中国から渡ってきたものですが…

両方とも、中国から暦といっしょに入ってきたものですが、「二十四節気」は、ほぼそのまま使い続けているのに対し、「七十二候」は、江戸時代に入ってから日本の風土に合わせて何回かマイナーチェンジが施されました。

中国版の七十二候には「雀入大水為蛤」=「雀が海に入って蛤になる」とかありえない内容のものもあって、御伽噺のようにも楽しめそうなのに…。
などとつい思ってしてしまうのですが、やはりそれでは、実用の暦には向かなかったからこその改訂でしょう。

しかし、現代人にとっての七十二候は、まさにそんな御伽噺や民話の持つ雰囲気を纏ったもののような気がします。

小石川植物園213

「七十二候」の第一回目のマイナーチェンジは、江戸時代に入って、暦学者渋川春海の作った「貞享暦」が採用された時。全体の雰囲気はそのままに、日本の風土に合わせて不都合な部分のみ変更がなされたようです。
その後、「宝暦暦」「寛政暦」のときにもう一回。

江戸時代の人々にとっては、「七十二候」は非常に実用的なものだったからこその、度重なる変更なのでしょうね。

そして、明治時代に入ってつくられた「略本暦」が、公式には最後の変更。
現在に至ります。

明治から現代までは、ずいぶん目覚しい環境や習慣の変化があり、私的な「七十二候」もいくつか生まれたようですが、公式な変更はありません。
季節は現行のカレンダーや日々の天気予報で十分にことたりますから、たしかに、もう「二十四節気」も「七十二候」も厳密には実用のものではありません。
だから、当然といえば当然。

しかし、豊かな自然の国であるべき日本を忘れないよすがとして、やはり時々こうして意識の中に取り出して、美しいお話を読むかのように大切に守ってゆきたいと思います。

二十四節気も七十二候も、この国に住んでいてよかったと思う、愛おしい季節の捉え方です。

おまけ

2010年に本屋大賞を受賞し、2012年9月には映画化もされた、冲方丁の「天地明察」。
この主人公が、いちばん最初に日本オリジナルの暦をつくった暦学者・渋川春海そのヒトです。映画では、V6の岡田准一さんが演じたあのヒト。
小説も映画も、当時の苦労と努力がいきいきと描かれていて、旧暦などなどに興味あるあなたには、かなりおススメです。
レビューもしましたのでよろしかったら→「天地明察」は、小説はもちろんGood!映画もよさそう!