作家・澤田瞳子さんのエネルギー?それとも若冲の絵のチカラ?いやそれらがダブルで押し寄せるかのような…。心地よいココロの疲労感をもって『若冲』読了。

澤田瞳子作『若冲』を読了。

若冲

いゃあ、何はともかく「若冲の絵を、また見たくなった!」という、読後感はシンプル過ぎるぐらいシンプルです。

なので、途中から若冲の作品が豊富に収録されている本(『若冲百図: 生誕三百年記念』 (別冊太陽 日本のこころ 227)←本書より高いじゃあないかっ!)まで買ってしまい。
とにかく傍らに置きつつ読むはめに…。

あとで、何も本を買わなくともネット検索しながら読めばよかったんじゃあない?とうっすら気づくが、まあ、そんなことを忘れるぐらい。
若冲の絵には、見るモノを圧倒させるエネルギーに満ちているが、その生涯が物語になってもそれは同じ。

とにかく、先へ先へと読み進みたい、しかし、そこで語られる絵のコトをちゃんとわからないままでは進めない。

けっきょく、物語を読み進めては、そこでテーマとされた若冲作品にあたり、描かれた世界を思い描きつつまた読むという、かなり面倒な読書スタイルとなってしまった。

アメリカ人収集家ジョー・プライスのコレクションのおかげで、何度も作品を目にする機会があっても、見て圧倒されるのみで、その絵に付されたタイトルなんか頭に入ってないのでもうしょうがないのである。

『野菜涅槃図』って、そうゆう背景で描かれたものだったんだぁ!

…って、実は、若冲作品で、いちばん好きで、しかも、こんなに超有名になる以前から知っていた唯一の作品はコレ。
もちろん、この作品なら、タイトルだけでもピンとくる。

若冲は、京都錦小路の青物問屋「枡源(ますげん)」の跡取り息子として生まれ、23歳の時、父親が亡くなり、四代目当主(伊藤)源左衛門を襲名した。
もともとは、裕福な京商人であったのは、実は、本書を手に取り初めて知った。

そして、この涅槃図は、母親の臨終に際して描かれたもの。

『野菜涅槃図』を始めてみて、お釈迦さまを大根に、ナスやキュウリが周囲を取り巻き、沙羅双樹であるはずの木は、トウモロコシ!?描かれた野菜の数を数えてみたら50種ぐらいまではカウントできたがよくわからない(ホントは66種類だそうです)。あとで、図録(立ち読み…)に当たったら、ライチなど当時日本ではめっぽう珍しかった大陸産の果物なんかも描かれているらしいと知る。

いやあ、なんだって野菜果物に詳しい画家だ。と当時の私は暢気な感想。
しかし、通常描かれているはずの、天から降りてくる麻耶夫人が不在なのは気になった。

物語には、そのあたりが、母と息子の確執として描かれていて、これは作家による解釈。
なのだけれど、ああ、そうかもなぁ…と深く納得するのは、作家の物語のチカラなのだろうね。

若冲の作品は多数。
しかし、本人に関する史実資料は非常に少ない。

大きな青物問屋の当主に据えられながらも若冲は商売に不熱心。
そして、芸事にも酒にも興味を示さず、ただひたすらに絵を描き続けた天才絵師。
もちろん、生涯、妻も娶らなかった。
…ぐらいしか調べがついていないらしい。

極力史実に当たりつつも、ほとんど資料がない中から、天才絵師若冲に血肉を与え、人格を与え、コツコツと描ききった本作は、数々の傑作を描いた背景とともに、若冲のキャラクターも深く読み取れるのが魅力的。

幾度も展覧会が開かれ、命の喜びだとか、躍動感とか、ポジティブな評価が一般的だけれど、澤田瞳子さんは、そこに違和感。
実は「幸せな絵ではない」…というのが、この物語のベースに流れる作家のこだわりである。

一方、数々の若冲作品をとりあえずは目にする機会があって、今回は、本書のせいで、画集的なモノまで買って見て、読者(←私)は、その「悲しさ」という解釈に、実は違和感。

ええっ!どうみてもいきいきと躍動感あふれた、楽しい絵じゃあないですか?
…と思いつつ読んだ。

しかし、最後の最後の最終章。

若冲の絵が放って、澤田瞳子さんがキャッチした若冲作品の「非幸福感」こそが、300年近く前の絵が現代人にこれほどに受け入れられる理由と、そこはかとなく理解した。

作家が描きたかったのは、天才絵師の持つココロの弱さ。
そして、それは、私たちの中にある煩悩や葛藤とただひたすらに共通していませんか?…と。

若冲は、その弱さに絶望し孤独であっても、絵を描くことで、それを受け入れ昇華させた。だからこそ、美しいだけでは語れない作品が生まれ、かえってそのあり方が、現代人のココロを激しく揺さぶるのかも。

さて、この物語に描かれた若冲作品は、ほぼ頭に入った。

というところで、やはり再読してみようかなぁ…と。
だって、そのほうが、もっと深いところまで読み取れそうな気がするんだよなぁ…。

ああ、こうさせられちまうのは、この作品を描いた澤田瞳子さんのエネルギーなのか、それとも、若冲の絵のチカラなのか。とにかく年末の忙しい時期に手をだし、そうとうに翻弄された一冊。

とにかく、言えるのは、若冲好きなら、時間のある時にお読みください。
…というコトですかね。