小説のチカラみたいなものを感じる小説、『ヤッさん』

なんだか、相当夢中になって読みほしちゃった

原 宏一作『ヤッさん』 著(双葉文庫)

ヤッさん

小説という分野の本は、ビジネス書のように直接的にノウハウを教えてくれたりするものじゃあないけれど、時に常識という小さい世界で凝り固まって生きるヒトにひとつの出口みたいなものを示してくれる。

シゴトに役立つビジネス書やノウハウ本を紐解く時とはスタンスが違って、楽しみとして読む小説にこそ、オッ!と思うことが隠れているってことって、案外多いような気がします。

しかも、何も考えず、ただ書店の棚を眺めていて気になった一冊…なんて本にこそ、今まさに自分が必要としている、ヒントみたいなモノが隠れていたりしがち。
で、そんな本に出合った時。
私は、天にいるカミサマが、物語を通して何かメッセージを送ってくれたんじゃああるまいか..なんて本気で思ったりもしてみます(笑)。

そして、そうゆうことを小説のチカラという風に思っています。

◆『ヤッさん』 (原宏一作 双葉文庫)は、誰かのそんな1冊になりえる物語かと思います。

物語は、銀座の公園やらビルの軒下、寺の境内なんかを根城にする、2人のホームレスが主人公。

師匠のヤッさんと弟子のタカオ。

彼らは、ホームレスの身でありつつも、いつも身なりをこざっぱりと整えて、日々の体調管理にも余念なく、パッと見は、ホームレスのステロタイプにはまりません。
そうして、築地の仲買人と都内の料理人の食材情報などの仲介役として大活躍をして、その報酬として築地の旨い魚やレストランのまかないなどに毎日三食以上ありつきつつ生きている。

物語冒頭から、彼らの行為にお金は介入しないけれど、コレは確実にプロフェッショナルなシゴトだ!と、まずは思うことでしょう。

師匠ヤッさんの食材やレストラン経営などに関する知識は並大抵のレベルではなく、その知識と人脈を元に得た情報の質も新しさに関しても、たぶん食のジャーナリストやら評論家やら、そんな人々たちにも引けはとらず。

この物語を読んで、「シゴトってなんだろう」という素朴すぎるほど素朴な疑問を抱くヒトって案外多いのではないでしょうか?

ヤッさんの知識やスキルは、彼の日々の行い=シゴトを通じて作られたもので、さらに日常の真摯な生き方を通じて、それがスキルアップされてゆく。
そして、深くゆるぎない多くの「人間の絆」をも結ばれて広がってゆく。

コレに対して、私たちの多くが生活のために関わる、いわゆる「普通のシゴト」のことを考えてみると、なんだか、収入を得るために、時間を売りわたすような行為にも見えてきてしまうんですよね。

そして、そんなことを続けてゆくより、なんだかホームレスの彼らのほうがずっと未来がありそうな気がしてきたりして…不思議です。

もちろん、だからホームレスになりましょうってことではなくて(あたりまえ!)、限りある時間を誰かに搾取されずに生きる。
そんなことを可能にするシゴトの仕方ってあるんじゃあないかなっていうコトです。

そして、そのほうが、ココロ穏やかにして幸せでもあるんじゃあないかというコトでもあります。

お金がたくさんあって安心みたいなコトには行き着かないけれど、誰にも奪われない、自分自身に身につけたスキルと信頼のほうが、ずっと日々の豊かな生活を育んでゆくはずなのではないですか?

「都会の恩恵を受けることに感謝しても媚はしない、という独自のホームレス哲学を胸に、気高い自由人として生きる」矜持ある主人公を物語の中で動かして、作家は、そんなことを私たちに投げかけているようにも思います。