読み忘れていた東京バンドワゴンシリーズ最新刊も読み終えて尚、小路幸也発掘本(=好きな作家の本なのに未読だった本)読書は続いています。
今日ご紹介するのは、雨降りの中咲くさくらのコトを思いながら読了した「さくらの丘で」。
本書は、戦後すぐに思春期を生きた純情乙女のけなげさと、そこからつながる現代の乙女たちの一途さをいったりきたり。
いままでの作品からは想像できない乙女路線のお話でした。
まったく、小路幸也という作家は、どれだけの引き出しをもっているのでしょうか。
はじまりは、主人公満ちるによる祖母の思い出話。
祖母が娘時代に「学校」と読んでいた、丘の上の美しい西洋館の庭には、みごとな桜の樹が1本あって…。
戦争が終わってまじかの、日本を混乱と貧しさが支配する時代に、祖母は幼馴染の女の子2人と一緒に、そこで、英語やお裁縫をならっていた。
「満ちるもそこに通えたらよかったのにねぇ」と繰り返し語られたその西洋館。
それが、祖母の死とともに、満ちるのモノになった。
いや、正確には、祖母・宇賀原ミツと、今まであったこともない幼馴染の青山花恵と兼原桐子の孫娘たちへの遺産となって、彼女らの手に。
とりあえずであった孫娘たち3人は、意気投合。
そして、どうして親たちを飛び越えて、孫娘たちに西洋館を遺そうとしたのかを探るべく、その館が建つ土地へ向かう。
さあさ、そこからは、この作家得意の殺人の起こらない優しいミステリー。
それでも、読者には、先に祖母たちの物語が描かれることで、答えはすでに提示され、孫娘たちがどうやってそこにたどり着くかを楽しむという趣向。
いつものように、主人公たちを手助けするステキすぎるキャラクターも登場し、うーんなかなかいい話でありました。
そのステキすぎるキャラクター。
ひとりは、宇賀原ミツの孫娘満ちるの叔父(父方なので祖母とは血縁はないが、在りし日は非常に気が合っていたらしい)楓さん。
もうひとりは、娘時代のミツ、花恵、桐子を助けてくれる刑事・赤川さん。
彼らはどんなヒトなのかは、どうぞ、本書を読んでご堪能ください。
でも、物語の中からヒントを少し。
楓さんは、ゆえあって「何もしないで、ただ、生きていたい」と思い。それを実行してきたヒト。
「一見、理想的な暮らしのようにも思えるけれど、父に、つまり楓さんの兄さんに言わせると、男としてそれほどだらしなくも辛い人生はないと言います。(略)なにもしないのはキツイと。自分にはとてもできない。だから弟のことをしょうがない男だとは思うけれど、同時にある意味尊敬していると。「あいつは、それで心は貧しくなっていない」稀有な存在だというのです。
そう。
楓さんも、刑事・赤川さんも、人生のエリートコースとは全然関係ない生き方を選び、一見ひょうひょうといいかげんに見えて、ココロが豊かすぎるぐらい豊かなヒト。
そして、似たような彼らが現代と過去にいて、物語をいちばん心地よいところに導いているのです。
小路幸也作品には、必ずこんなキャラクターが登場するのも魅力のひとつ。
そして、読了して思い返せば、物語は、青空を背景に、かわいらしいピンクの桜を仰ぎ見るような、そんな美しいお話でした。