「やりたいコト」と「やってしまう行動力」。いつだって、このふたつがあればヒトは生きていけるんだよね。

島田潤一郎著『あしたから出版社 (就職しないで生きるには21)』を読了。

あしたから出版社

著者は、27歳までアルバイトをしながら作家をめざし、その夢を断念したのち、思うように就職することもかなわず…という20代を送った。
なんとなく今どきよくありがちな若者像。

でも、それが彼の人生に幸いしたんじゃあないかな。
人生って、いつ、どんなカタチで、予想もしない廻り方をするかわからないものだもの。

31歳になった時、親友のように深く信頼しあっていた従兄が突然逝く。
その死をきっかけに、一冊の本を作りたいと強烈に思い始める。
そうして、立ち上げたたったひとりの出版社が『あしたから出版社』である「夏葉社」なのだった。

ヒトは、学校を卒業したら就職するものと思いこんでいるけれど…。

海外の事情はわからないから、日本人は就職はMUSTと思っている…にしておこうかな。
ちなみに、ここでいう「就職」=どこかに勤めるコトですが、長く会社員をやってきた私が言うのもなんだけど、それって、ただの思考停止。

実際のところ、「就職」だけしか道がないのか?
とその根本に疑問をもつことなく就活にまい進するから、うまくいかずに辛くなる。
もちろん、世の大多数が、まだそんな風に思いこんでいるからしかたないのかもしれない。

だけど、会社で働く=就職って、みせかけの安定の中で、思考停止がそのまま続行するだけかも。
幸運にも会社員になれたヒトがいるならば、彼らこそ、日々、自分自身の人生の目標とオリジナルな思考でもって過ごし、いざとなったらすぐに方向転換できるぐらいじぁあないと、実は、かなり危険行為かもしれない。

本書は、こんな時代にあって、大多数ののヒトと同じく苦しんだ著者が、ある日、違う選択肢を見つけ、オリジナルな生き方を歩んだ数年間の物語。

「夏葉社」は、編集も出版も素人だからできた新しいスタイルの出版社だと思う

<「編集をやったことがないんだけど、編集ってどうゆう仕事なんだろう」
すると、知人は、編集とは実務ではなく、作家やデザイナー、印刷所などをコーディネートする仕事だと思うと教えてくれた。>
(P46)

つまり、著者は、ただ本が好きというだけで、出版社をはじめた。
まずは、出版社と出版の実務的なノウハウを、全部ネットから学び、事務所を借り…なんかスタート当初は危うい感じ。

だけど、著者は、
<愚直に、文学の読み手が増えれば、世界はもっと豊かになると信じている節がある>(p84)
<文学にすべてがあると信じた>(P82)と思っているヒト。

そんなら、やはり出版社をやるべきだろうね。
..と、やはり本好きの読者(=私)は、思い、物語を追いつつ、すでに「夏葉社」サポーター気分になっているのである。

亡くなった従兄の両親をなぐさめるための一冊の本を作るための出版社・夏葉社は、とにかく出版のことも編集のことも知らずにスタートした。

しかし、だからこそ、「自分が読みたい絶版した名著を、ゆっくり丁寧に復刊させる」…というもうひとつのやりたいコトが見つかったのだろうし、試行錯誤しながらも実行することができた。

自分が読みたい本を創るというのは、自分に似たヒトを読者に想定するというコト。

編集する側と似た志向を持つ、気が合いそうな読者を活字の向こうに見据えて本を編む。

最初からマイノリティを対象にすることになるけれど、そこにはマーケティングとか大量宣伝とか人海戦術とか…の無駄がない。
すべてのエネルギーを、好きな本を作ってそれが好きな読者に渡すというコトに向けられる。

これって、自由で豊かなシゴトのスタイルそのものじゃあないかな。

そして、復刊した本は、新刊書店だけでなく、古書店にも営業をかけるというユニークな方法をとって、軌道に乗せる。

古書店ネットワークに連なる、本好きたちが、Twitterでつぶやき、それが本の宣伝になってゆくあたりが面白いのである。

インターネット時代が進んでも「夏葉社」の本は残ってゆくだろうな

ネット時代になって、本は衰退してゆくのでは、と語られはじめて長く。
kindleなどの電子書籍時代に入ってからは、紙の本はなくなるなどと言われるけれど、それは、不要な本が淘汰されるだけじゃあないかと私は思う。

内容が解ればいいというなら、電子書籍は便利だし、何のこだわりも新しさもなくただただ情報を束ねたモノはもちろんネットに吸収されて絶滅してゆくだろう。

…そして、最後に残るのは、煌めくように美しい本

実は、夏葉社の本は、私の書棚にも一冊だけあって、購入した時は、その美しさに惹かれ買った。
今回、そうとは知らずにその出版人たる島田潤一郎さんの本を読んだのだけど、物語を追って、大好きな一冊『昔日の客』がこの出版社からの本と知って改めてびっくり。

実は、出版人は、40~50代のベテラン編集者で、そのひとが独立して作った出版社=夏葉社と、勝手に思っていたのでした。

「やりたいコト」と「それを優先的にやること」

そのことをただひたすらに積み上げたら、熟練編集者を凌駕することもできてしまう。
この事実って大きくない?

いままでの社会のレールからちょっとだけ降りて、自分で考え、試しながら生きて、小さく細くていいので新しい道を作る。

インターネットができて、そんなことも可能になったし、そのほうが、ずっと幸せな時代では?
と、ここ数年、ずーっと個人的に思っているコトだけど、その証のような物語をまたひとつ見つけた感じ。

そんな読後感でした。

付録:最後に、深く同意したので引用

<ぼくは、あまり、みんなが本を読まなくなったとは感じていない。
「いいや、すくないよ」というのならば、ぼくが大学生だった20年前から、文学を読む人はすくなかった。
むかしから、ずっと、すくなかった。>
(P85)

そうなのよね。
そうなんだよ、だから、大騒ぎする必要なしなんだってば…と思ったもんで引用しておきます。

少ないといっても、たとえば、良い本ならば、2000冊3000冊ぐらいは欲しがるヒトはいるだろう。
これって、ひるがえせば、ひとりのヒトが丁寧に作って、それが心から欲しいヒトに渡るリアリティじゃあないかと思う。

本に限らず、ヒトは、自分が大切にかかわれるのを少しだけ選んで暮らしていけば、それでいいのだと思う。
モノに関しては、多くを望まなくてもいいはずだとも。

そんなんじゃあ、経済は発展しないって?
何いってんの、ならば、違う方法を考えようよ。

ガザガザ買い倒してゴミにして、そのゴミのためにも働いていたりして、精神的にストレス感じて…なんてもういい加減にしたいと、たぶん大勢の人が思っていると思うんだよな。

…って、やや、本題から脱線しました(笑)。