桃の産地から桃とともに帰京しました。
桃は、早々6月末ぐらいから売られていますが、本来は盛夏もすぎたころにやっと食す果物。
俳句の世界でだって秋の季語で、ああ、今年も桃の季節だなぁとおもったころには夏休みも終わり、初秋の風が吹き始めるといった流れのはずです。
…って、果物を食べるのにやや大げさですか?
しかし、それだけ待っても、都会の桃は、高価な果物。
桃の産地福島を帰省先に持つ身としては、ちんまり小さな桃が、一個200円以上!って、まったくもって信じられません。
毎年初物の桃は、旧盆のころ
さて、ちょうど月遅れのお盆のころに帰省すると、知り合いの生産者から「傷ものだけど食べるに差し支えはないからね」と、予約した桃とともにおまけの桃がどーんとやってくる。
包みをあければ、傷は目立たないぐらいのほんのちょっと、赤ん坊の頭ぐらいはあろうかという立派な桃がやわらかそうな産毛をつけて顔をだします。
すぐ食べられそうな熟した桃と、まだ硬く2・3日追熟が必要なものに選り分けて、すぐのほうを冷蔵庫にそっと並べて、とりあえずの準備完了。
冷えれば、そのままひとり一個ずつ見当で剥いて、かぶりがぶりと景気よく食らいつくのです。
桃の汁は、衣服つくとなかなか落ちず「薄汚いシミになるから注意してね」と、言われて育ったからか、ふと気づけば汚れてもよい服装で桃を食べている…と用意万端な自分が少し可笑しい。
こうゆう雑駁な食べ方が、桃の産地の桃の食べ方…って、我が家だけかもしれませんが、小さなものが1個200円も300円もする都会の桃の食べ方とは一線を画す、考えてみればとても贅沢な食べ方です。
桃は中国が原産で、3000年以上前から食用として栽培されていたらしい
それでは、桃が日本に伝わった時期は?
実は、はっきりしないそうですが、全国各地の古代遺跡から桃の種が発見されているのだとか。
おおっ!ってことは、日本人は、縄文時代や弥生時代あたりから、すでに桃を食べていたってコトですよねぇ。
なんと長い付き合いの果物であることか。
ちょっとカンドーすらいたしますね。
日本最古の桃の記録は『古事記』の「黄泉国」の章
桃が登場してくるエピソードは、『古事記』の中で、誰でも知ってるかなり有名なシーンです。
初めて現れた性別を持つカミサマ、イザナギとイザナミ。
彼らは、日本の国土と多くのカミサマを産み落としたカミサマです。
そして、あるとき、イザナミは、火の神を産んだ時の火傷が原因で死んでしまう。
そのイザナミに会いに、黄泉の国へ行ったイザナキは、約束を破って、イザナミの醜い姿を見てしまいます。
その姿が恐ろしく、黄泉の国から逃げるイザナキ。
…ねっ、有名ですよね。「黄泉の国」のエピソードです。
で、桃は?
ちゃんと出てきますよ、もう少しお待ちください。
約束を破り、逃げるイザナギに怒り心頭!
イザナミは、まず黄泉醜女(ヨモツシコメ)を遣わし追いかけさせます。
追手・醜女に、クロミ蔓の冠を投げ付け逃げるイザナミ。
すると蔓は山ブドウに変わって、醜女たちがむしゃぶりつくすきにどんどん逃げます。
山ブドウを食べおえた醜女たちがまた追ってきました。
次に、イザナギは髪にさしてあった櫛の歯を投げ、また逃げる。
今度はそれがたけのこに変わって、また醜女はことを忘れてそれに食らいつきます。
あんがい単純な追いかけっこかと思えば、あとから八種類もの雷神(イカズチ)に1500もの黄泉の国の軍勢が追ってきて、万事休す。
…というところで、イザナギは、現世と黄泉の境の黄泉比良坂(よもつひらさか)のふもとにたどり着き、そこになっていた「桃の実」を三つをとって待ちます。
追っ手がぎりぎりに迫ってきたところで、それらを投げつければ、あれれ、黄泉の軍勢はことごとく退散。
…というお話。
イザナキは、そのチカラをたたえ、桃にオオカムヅミノミコトという神名を与えます。
ちなみに、この名は偉大な神の実という意味で、名を授けながら、イザナギは桃の木に「おまえが私を助けたように、現世の人々がつらい目にあって苦しみ悩んでいるときも助けておくれ」と言ったんだとか。
ふーむ。
桃が、そんな立派な使命を持つものとはねぇ…。
桃は長寿とか不老不死とかをもたらすものという伝説は数多く。
というっても、原産の中国ではのお話ですが…。
『古事記』が編纂された飛鳥時代は、大陸の影響を色濃く受けている時代ですので、桃の扱いもこんな風に重要なものとなったのでしょうね。
長寿、不老不死以外にも、戦乱を忘れた平和な別天地は、桃の花咲く桃源郷。
つまり、桃の花爛漫になるというから、もちろん桃の実もなるでしょう。
この産毛かわいいピンクの桃は、有事とあれば、邪気を祓い、そしてふだんは、平和や長寿のシンボルでもあるのです。
さて、現世の桃。
やっぱり、収穫後のものはどんどん走るように軟らかくなるため、例年故郷の桃は、贅沢にせっせといただくには変わりなく、それでもけっきょく熟れる速度に間に合いません。
ある年、熟れ熟れのやつは、えいやっとジューサーでしぼって飲んでやろうと思い立ち、牛乳や豆乳で割って、ほんのりピンクで美しいジュースにして飲んだら、これがめっぽう美味しかったっ!
「東京だったら、こんなジュース1杯1000円ぐらいするんじゃあない?ここは天国だねぇ~。」
とか無駄話をしているとあっという間に、ジュースはベージュ→茶色となってゆくので注意注意。
桃はジュースになっても足がはやく、忘れず、レモン汁を少々。
美しいピンク色をたのしみながら、やっとゆっくり味わいます。
…という風に、さあて、今年も桃をたーんと食べ、夏の邪気をすっかり祓い、少し寿命も伸びただろうか?
といっても、もっと食べたい気満々。
都会のスーパーの桃では、高価すぎですので、たくさんある故郷の桃から、ちょっと硬めのものを選んで、桃持参にて帰京したというわけです。
夏の帰省のカバンは、行きはすかすか。
帰りは、桃でいっぱい。
家に着いたらとるものもとりあえず、まずは桃の実を冷蔵庫にそっと移す作業が待っております。
◆今日は、2014年8月19日/旧暦7月24日/文月壬戌の日