七十二候は、「綿柎開」の日々に入っております。(8月23日~ 8月27日)
読みは「わたのはなしべひらく」ですが、柎(はなしべ)は、花のことではなくて、花のガクのこと。
とすれば、花が咲く時期ということでもないのかなぁ??
…と、つまり、綿の花どころか、綿が育っているところなど見たこともないのでまったくもってわかりません。
図鑑などで調べてみれば、綿は、8月下旬から9月にかけて花を咲かせ、そのあと順に実をつける。
秋も深まる10月末ごろ、その実がはじけて、やっとおなじみの綿が登場するというコトのようです。
うーむ。
やっぱり、花が咲くころでいいのかな?
私流、七十二候は、「夾竹桃栄」にしてしまおう!
「綿柎(わたのはなしべ)」は、100%見当たらないので、ココでいつもの、勝手七十二候。
せめて、晩夏の街で、目立って花咲いているのは何かしら?
…と探せば、「百日紅」と「夾竹桃」。
といっても、「百日紅」は、8月上旬の勢いほどではなくて、同じころに咲きだした「夾竹桃」こそが、我が世の春…ではなく夏といった感じで咲き誇っております。
むむっ?
この花の前に佇んで見上げた時は、しっかり華やかなたたずまいだというのに、写真に撮ったらなんとなく地味な印象になってしまうのはなぜだろう?
それは、夏の陽射しを受けて葉っぱも盛大に茂り、その中にぽつぽつと花咲かせるからでしょうか。
ちょっと拡大してみようかな。
白は、一重。
いちばん良く見かけるのは、八重のピンク色の花です。
「夾竹桃」の名は、葉っぱのカタチから来ているらしい
「夾竹桃」は、「百日紅」とおなじころに咲き始め、やっぱり、おなじく100日ぐらいは花をつけつづけるんじゃないだろうか。
なのに、こっちの花が「百日紅」とならなかった不思議。
葉っぱが細長い楕円で、ひゅんひゅん空に向かって育ったかんじ。
これが名づけの運命を変えたようで、「夾竹桃」という名は、この葉が、竹の葉に似ているから、そして花が桃の花に似てるからってことでついた名なんだそうです。
どれどれ、さらにピンクの花を寄りで眺めてみようかな。
うーん、竹の葉ねぇ…。
ちなみに、桃の花ってこんな感じなんだけど似てますかねぇ?
樹木じたいが、3~4メートルに育って、さらに枝先のほうにまっすぐ花をつけるため、花そのものを至近距離で見る機会は数少なく。
運よく、育ち始めの低木のがあれば、じっと観察してもみますが、桃などと比べてしまえは花は大振り、八重の夾竹桃はもうまったく桃には似ておらず、一重が、まあなんとなく…という感じでしょうか?
いや違うな。
一重は、花びらが先端で平らに開いて五つに別れ、それがプロペラみたいに曲がったカタチが、桃というより、扇風機のはねのようですもん。
…って、美しく元気よく咲いているから、まあ、いいか(笑)。
夾竹桃は、インド原産。夏に元気なわけです。
「百日紅」は中国原産でしたが、「夾竹桃」は、またさらに西のインド原産。
夏に元気が良い意味がわかりますね。
そして、夏のあつさに強いだけでなく、大気汚染にもめっぽう強く、高度経済成長期のパワフルな大気汚染にも唯一枯れず、悠々と花を咲かせたんだそうです。
さらに土壌汚染にも強いのか、原爆で焦土と化し、放射能汚染で草木の芽吹きも期待されない中で、夾竹桃の花が一番最初に咲いたという話もあります。
それが復興のシンボルとして、現在、夾竹桃は広島市の市花。
知る人ぞ知る話です。
一方、毒性もつよく、ちょっと調べただけで、中毒の話ばかりがならびました。
しかし、暑さにも汚染にも強い生命力あふれる花ならば、そこに毒があるもの理にかなったことかなと、その話を聞いて、かえって夾竹桃のただものでなさを見直してみたりします。
日本へわたってきたのは、百日紅とおなじ江戸時代。
これも、江戸の植木職人の洗礼からのがれ、のびのび毒をもったまま今に至りました。
そして、暑い夏の初めに咲いて、晩夏にゆくにしたがって盛りながら、毎年、暑い日々を100日ほど彩ってきました。
今日も、道々見上げて眺めた夾竹桃の花。
それが、魅力的に見えるのは、毒を持つからこその強さ。
そして、次への季節につなぐ希望みたいなものを放っているような気がしています。
◆今日は、2014年8月25日/旧暦8月1日/葉月戊辰の日/今日は、新月!新しい希望の日々の始まりです。