『人生教習所』なんてあまりにも意味深なタイトル。しかし、爽快な読後感

『君たちに明日はない』シリーズを読み始めたら、他の著作も読みたくなって、なかなか最新作にたどりつかない。

それどころか、先月中旬から、小説といえばこの作家・垣根涼介の本ばかりを読んでいる。

なんでだろう…いや、答えはシンプル。
人生に「落ちこぼれ」そうになっているヒトたちを描きつつ、紆余曲折ありつつも、必ず次のステージにもっていってくれるエンディングを期待するからだ。
この作家の作品は、長くたくさん読んでいるけれど、そんな読者の期待を裏切らない。

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そして、本作人生教習所もタイトルのもつイメージに反して爽やかな読後感。

この作家、こういうとこもいつもの同じなんだよねぇ。

舞台は、小笠原諸島で行われる「人生再生セミナー」

ある日、新聞紙面の全五段を使用した広告は掲載された。

・元日本経団連会長である鷲尾総一郎が主催する「人生再生セミナー」は、毎年小笠原諸島の父島と母島で2週間開かれる。
・受講科目は、統計学、生物学、社会学、物理学、生理薬理心理学、認知心理学、言語心理学、及び関連科目に伴うフィールドワーク。
・募集人員は20~30名で応募資格は年齢学歴不問。
・受講料は、費用宿泊費、交通費を含み50万円。
ただし、書類選考もあり、セミナーには中間試験があって、それに不合格となれば、そこで退塾(もちろん、その際は半分以上の受講料が返還される)。
・協力団体には日本経団連、東京商工会議所、大坂商工会議所などそうそうたる組織が名を連ね、最後まで受講すれば就職斡旋もあるという。

そして応募してきたのが、元ヤクザ、引きこもりの東大生、対人恐怖症の女性フリーライター、大手オートバイメーカーを定年退職、間際まで勤めたコロンビア再度渡って帰国したという初老の男性…などなどで。

この小説の登場人物として非常に興味深い属性を持つ4人が主人公。

物語は、それぞれに問題を抱える彼らが、セミナーで学び、その中でお互いに打ち解け、影響もしあい、少しずつ自分の人生を解きほぐし、新しい未来へ踏み出してゆくといった内容。

読者も彼ら登場人物と一緒にセミナーを受けるという仕掛け

…というのが、この小説のユニークなところ。

・最初の授業は「人生の確率」=努力することの意味というテーマ。
・次の講義は「経由点と着地点」=モノの考え方。
・三番目は「認知」=自意識と心持ちの話

どれもが、「人生の答、生き方の答を探す方法論」を講義するのであるが、それが、読者もいっしょに学んでしまう訴求力を持つ内容に思えた。

たとえば、「人生の確率」の講義はこんな内容で始まった。

<私が思うに、人生の事柄の大多数は確率論で説明ができます。最初に申し上げておきますが、これは良い悪い、という倫理観とはまったく別世界にある事象です。特に、ある事柄に関しての成功する可能性は、ほぼ百パーセント確率論で説明ができます。少なくとも私はそう思っています>

そして、
<あることがらに対して「努力すれば、必ず報われる」というのは、非常に精度を欠いた言い方です。必ずとか絶対などということはこの世の中にはまずありません>
<より正確にいえば「ある事柄に対して努力すればするほど、その成功の確率はあがる」。逆に「どんなに努力しても、失敗の確率は残っている」>
…と続く。

読者である私は、確率論を大雑把にだが理解しつつ、「努力することの意味」を自然と理解したりするのである。

他の講義のシーンもおおむねそんな風に読み進み。
主人公たちに出題されるレポートやテストも一緒に中味を考えたりするのが楽しい。

さらに、試験に合格して進んだ二次セミナーでは、小笠原諸島の特殊な歴史やそれによって形作られた文化までも興味深く理解する。

加えて、(っていうか、ココがこの小説のメインテーマなんでしょうが)このセミナーをひとつづつ進んでゆくに従い、主人公4人の心も少しずつ変化して、世界の見方が変わってゆく。
それがこの作品の魅力でもある。

人生を自分が行きたい方向に進んでゆく考え方を学ぶから「人生教習所」なのかぁ。

セミナーが終わった最終章手前で、いきなりそう理解して、さあ、じゃあ実際の道路にでたらこのヒトたちはどう生きるのかな?
とそのまま放り出されるんじゃあないだろね?
などとやや不安に。

しかし、その後の話もちゃんと用意されていて、この4人の再出発の最初の1歩が描かれている。

ふーむ。
ああ、やっぱり、いい読後感。

ところで…。
元ヤクザと定年後にコロンビアへ渡った男性…なんか、他の作品に登場していたよなぁ…と、思い出さなくていいことまでも思い出してしまった。

ああ、ああ、またもっと過去の垣根作品に戻れってーのかしらね。
もう、ずいぶん前に処分して、私の書棚にはないから、古書か図書館を探すことにします。