長月から始まって、文月への1年。お草さんのささやかな暮らしがキャッチするミステリィを堪能。

なもなき花の

名もなき花の 紅雲町珈琲屋こよみ』 (文春文庫)を読了。

観音さまが見下ろす街で、コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営む、おばあさん。
杉浦草の日常の謎解きシリーズも、はや三作目である。
(実は、単行本だが4作目も書店でみつけて焦って読む!)

愛すべきは、やはり主人公お草さんの凛としたキャラクター

かつて、周囲の反対を押し切って、地方の旧家の長男と結婚、しかし、うまくいかずに離婚。
のちに、置いて出た息子を幼くして亡くし…と、幾たびかの苦労・心労を経験したという設定の主人公。

そして、60歳を過ぎて、両親のお店があった場所を引き継ぎ、新しいスタイルの店をたちあげ、70歳すぎてもちゃんとシゴトでパソコンを使う。
苦労を淡々と乗り越えてきたからだろうか、彼女の周囲への気づかいとか、お節介にならない他者とのかかわり方とか、そのキャラクターは、凛とひとりで立っている美しいヒトという感じ。

実は、よくあるおばあさん主人公者のキャラクターとはちょっと違うところも新鮮。

そんなお草さんが、図らずも関わってしまった、ささやかだけど、当事者たちにとっては大きな事件。
読者は、お草さんが、謎解きをする後ろからいっしょについて歩いて、そっとため息をついたり、喜びで顔をほころばせたりするかのように読み進む。
それらの物語は、前作『その日まで』と対をなすかのように、長月、霜月、睦月、弥生、皐月、文月…と、隔月の旧暦で名づけられた物語を通して一年分。
この工夫もちょっといい(『その日まで』は同じく偶数月を隔月の旧暦表記にて)。

「円空仏」の発見と紛失という大事件が、物語の大きな軸

本作は、円空が掘ったといわれる仏像にからんだシリアスな事件が、物語の大きな流れを作る。

そして、その謎を明かす過程で、日常のさまさまな諍いがかかわってくるという展開になっていて、読み応えが増した感じ。

この事件には、ある新聞記者の取材をお草さんが手伝うコトでかかわりを持ち、その事件の真相に迫るという内容。
それが、物語冒頭密かに知らないうちに始まって、最終章で理にかなった解決を迎える。

その合間合間に起こるささやかな事件の行方もまた興味深い

たとえば、特別価格で卸してもらっているコーヒー豆の価格があがり加えて同じ町にライバル店が進出…「小蔵屋」の存亡危うしだとか。
野菜産地の偽装とか。
知人の女性が、不審者に襲われかかった?
親友の家の向かいに建つ壊れそうな一軒家。大雪が降って瓦屋根が崩れそうだけれど、住人の老女が行方不明で…は、彼女が伝説的な芸者さんだったというその後の話が面白く、もしかするといちばん好きなエピソード。

もっとささやかなのもあって…。

コーヒーの試飲をしていたお客が、みなそろいもそろって、コーヒーを飲んで首をかしげるのはなぜ?
雨が降ると外においていたスタンド式の看板がいつの間にかとりこまれているのは誰が?

みたいな謎もちゃんと健在。
物語に深みといい味を醸してもいる。

そんな謎に対して、お草さんは、ひとつひとつ、深く思索し、騒ぎ立てず、他者を巻き込まずに「静かに活躍」しつつ解きほぐしてゆく。

その「静かな活躍」ぶりにこそ、読者(である私)は、居心地の良さを感じるのである。

終始一貫してドキドキしないし怖くもないミステリィ。
でも、そこがオツで、このシリーズのいちばんユニークなところかなぁと、三作目を読んでいて初めて気が付いたりもして(笑)。

紅雲町に行ってみたい!

ところで、この小蔵屋がある紅雲町って、すごく魅力的に描かれているけどどこなのかな?
お草さんが、毎日手を合わせる、町をみおろす観音様やお地蔵さん。

渋い縞の着物を着て、べっ甲の櫛をさし…と、おしゃれして出歩くのが似合う街。

東京にほどちかい関東圏のようだけど、雪深いみたいなので北のほう?

それで観音さまが見下ろしている…って、なんかモデルとなった街がありそうで、そこに行ってみたくもあります。