北村薫の『慶応本科と折口信夫』。北村薫氏の父の日記を下敷きにした、ささやかかだけど深い昭和史でした。

北村薫の『慶應本科と折口信夫 いとま申して2 』を読了。

慶応本科と折口信夫

作家の北村薫さんは、凶悪事件の起こらない、日常のささやかな疑問を解決するというスタイルの推理小説『空飛ぶ馬』 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)に始まる「円紫さんシリーズ」『覆面作家は二人いる』 (角川文庫)などの「覆面作家」モノでファンになり。

つまり、デビュー当時からのファンなのだが、女子高生や女子大生のキモチ描写が秀逸で、最初、この作家は女性だと思って疑わなかった。

で、ある時、どこかで著者近影を見て驚いた。

優しそうなおじさまなのである。

その後、嵌った、いわゆる「時と人 三部作」『スキップ』 (新潮文庫)『ターン 』(新潮文庫)『リセット』 (新潮文庫)

などは、その優しいテイストはそのままながら、ややSF風。

そして、昭和の上流家庭のお嬢様・英子とその運転手・ベッキーさんの活躍する『鷺と雪』(文春文庫)などの「ベッキーさんシリーズ」には心底やられ。

そういえば、しばらくご無沙汰だなぁ…と思ったところに、「折口信夫」という民俗学の巨人と北村薫の名前が並ぶ。

折口信夫といえば、柳田 國男、宮本常一とならぶ民俗学のスーパースター。
個人的にも、いつかその著作を読破してみたいと思う三人でもあって、ああ、この組み合わせっ!

もう、これは読まずにはいられないじゃあありませんかっ!

サブタイトルの「いとま申して2」?って、1もある?

ってことで、読み始め。
その「序章」を読んで、サブタイトルが、前作『いとま申して 『童話』の人びと』 (文春文庫)
があるって気が付いて、ああ、これ続編なの?

一応、急ぎ第1作も入手したモノの、折口先生の話に惹かれてまずは、2を読了することになりました(笑)。

本書は、北村薫の父が残した日記によるノンフェクション。

北村薫の小説ファンとしては、最初「なんだ、小説じゃあないのかぁ…」という気分で読み始め、しかし、登場人物が、すごすぎて、もう私にとってはフィクションと同じ。

冒頭部分は、私のなじみ無い歌舞伎の話が多く。
ああ、このあたりの知識も豊富ならば楽しめるのになぁ…と思いつつも、昭和の初めに横浜に住まい、慶応大学に通うひとりの大学の日常に、歌舞伎観賞が深く浸透している様子は、面白かった。
当時の学生って、こんなことが楽しみだったのかぁ…みたいな感じかな?

うらやましすぎる大学生活

話は、すぐに、慶応大学のキャンパスライフへ。
私にとっては、すごすぎるヒトたちは、ここで登場!

だって、そこには、図書館の奥の全集の世界でしかしらなかった作家たちが、教壇に立ってますよ。
そして、生き生きと講義をする様子が描かれていて、ああ、やられたよぉ!

教壇には英文学者の西脇順三郎や、折口信夫…。

ああ、いいなぁ、昭和初期の慶応大生。
っていっても、男子しか大学に入れない悲しい時代なんだけどね。

なぞってみたい、研究旅行

折口信夫は、象牙の塔からたびたび飛び出すフィールドワークの学者でもあって、当時、慶応大学で恒例だったという、「万葉旅行」のくだりには興味津々。

これは、万葉集ゆかりの地を、教師&学生が、研究旅行として廻るという内容

昭和5年5月12日の夜11時半に横浜駅を出発し→翌朝京都着、三輪山、椿市、長谷寺、多武峰一拍→翌朝、上市村、妹背山、吉野山、岡寺宿
…という風に、廻る7泊8日(車中2泊)の強行軍。

だけど、勢い、我が書棚から万葉集など取り出して、突合せつつ、そこをいつか同じくトレースしてみたいなぁ…などと思う。
(ああ、話が前に進まないっ!)

で、旅の話は、ストーリーの最後の方で、もう一種類。

今度は、折口主催の「万葉旅行」とは別に、慶応大学史学科の旅行という、修学旅行風の研究旅行の記述もあって、そちらは、ベーシックな京都・奈良の研究旅行という体裁。

で、またも、トレース旅行欲が大きく芽生え、今度は附箋→ノートに写しつつ読み進む羽目になる(笑)。

そんな大きなトピックスもありながら、
本書は、学生の視野視点で綴られる、昭和初期の日常生活史。

家族や友人、住まい近くの横浜の様子や、大学近くの三田品川界隈。
歌舞伎を楽しむ明治座のあたりとか、当時の普通の人(といっても少々裕福な…ではあるけれど)の生活スタイルも、ひとつひとつ、注意深く読むのも面白く。

ふーむ。
はっきり言って、間口が小さいと思ったら、奥行きが深く、広い家に入り込んじゃったみたいな一冊なんだなぁ。これ。

とにかく時間のある時にじっくり、読むのをおススメしますね。

ということで、私は、『いとま申して―「童話」の人びと』にいってみまぁす!

↓「いとま申して1」のほうは、文庫が出たみたいです。