松浦弥太郎著『正直』を読了
COW BOOKSの共同経営者にして、『暮らしの手帖』編集長であった松浦弥太郎氏は、2015年に編集長を辞した。
本書は、そのさなかに執筆された一冊。
私の本の読み方としては違反なんだけど、いきなりおわりにへ。
私自身は、最初から順に読んだのに恐縮ですが、そこに書かれている一文が、編集長を辞した理由であり、本書を上梓した目的と思えるから。
とりえず、ここにも引用。
「四十九歳を迎え、自分に残された時間が限られていることをふと思った。あくまで感覚的であるが、現役でいられるのが残り二十年とした場合、現状に留まる選択も正しいだろう。しかし、新生『暮らしの手帖』の完成形をつくり上げた今、新しい世代なり、新しい人材に、自分の席と役目を譲り渡し、自分自身を一度ゼロ設定し、リスクを自覚しながらも、新たなフィールドに飛び込む選択をした」
ふーむ。
いっけん、松浦氏は、ハードな生き方を生真面目に選んでいるように読み取るヒトもいるのかもしれない。
だけど、世代がほぼ同じ私としては、この時代のもっとも合理的で幸せな選択をしたなぁ…と思う。
平成になっても、日本人の平均マインドは人生五十年の価値観
…な気がしてならないのだけど、残りがまだ20年もある(かもしれない)現代は、再スタートを切っとかないとたぶん、その後のリスクの方が大きいかもしれない。
と思わない?
というか、シゴトを、ひとつの人生のプロジェクトと見立てたときと定義しなおしたなら、さらにそこには年齢すら関係ない。
日々の経験を大切に積み重ねながら、小さくても大きくても何かを成し遂げた実感があるのなら、次へ!
本書は、そうゆう時期を迎えた著者が、いままでを振り返り自分の中に積み重なってきた思いや考え方=人生をのりこえるスキル
…みたいなものを淡々とつづった内容である。
今そういう時期を迎えているヒトにも、近未来にそんな時期がくるだろうヒトにも参考になること多数。
個人的には、長い一文より、つづられた中に埋め込まれたキャッチーなひとことに、グッとくることが多かった。
松浦さんの新しいシゴトは、クッキングサイトcookpadプレゼンツのWEBマガジン(?)「くらしのきほん」編集長。
もやもやなんだかはっきりしない感情をきちんと乗り越え、松浦さんは、今、クリアに未来を見ているんだろうね。
とりあえず「目次」
これら、章タイトルだけ眺めても、なんとなく端的に言いたいことが表されているのもすごいとこかも。
特に好きな章には、僭越ながらコメントつけれみました。
・自分の友だちは自分
→高村光幸太郎氏の詩の中から「自分の手に負えない自分がいる」という表現にインスパイアされて帰着したコトバかと。誰かに向き合うにはまず自分と向き合うという話がつづられていて、冒頭から好きな章でした。
・一対一が基本
→ペーシックな人間関係の作り方。すごーくわかるっ!
・「普通」から抜け出す
→<普通であることは、前例があるということ。馴染みのあること。普通でないことには答えはない、僕はそこに無限の可能性と魅力を感じている>という一文にグッときました。
・「最低にして最高」を知る
→自分の中の最高と最低を読む。受け入れる。向き合う=生きること
・正直親切笑顔
・スイートスポットを見つけること
・なんでもやってみて確かめる
→私はこの著者がニューヨークで暮らしていた時代の話が好きだ。<なんでもやってみて確かめれば「次の実行のためのアイデア」が無限に湧き出す>とあるけれど、読者は、松浦氏のNYの暮らしの中にそれを読み取る。たとえば、「マンハッタンの道という道を全部歩く」を思い立ち日課にしていたコトが、魅力あふれるアメリカの書店スタイルみつけたり、「成功の反対は、失敗ではなく何もしないこと」というフレーズを聞いて衝撃をうけたり。
・魔法の言葉をもつ
・すこやかなる野心を抱く
・精一杯を伝える
・ものを売るより自分を売る
・次の約束をする→古書の訪問販売みたいな仕事をしていた当時、高名なグラフィックデザイナーに初めて会って、帰りぎわ「じゃあ、次の約束はいつにしようか?」と。次回の本の営業の話ではもちろんなく、純粋に「また会おう!」の意味。…ああ、いいなこんな話。
・大人の嗜みを忘れない
・「人を助けるもの」は何か→「助ける」とは「役に立つ」に似ているけれど、「助ける」は、ちょっと深い。心に効き目があるのは、人を助ける。
・積み上げたものを崩す
・日々とは仕事である
・仕事の精度を高めたい
・大活躍を目指さない→自分にできること…というよりすべきことを見極めれいれば、こうなるよね。いい意味で仕事を選ぶ。
・自分に関係ないことはひとつもない
・限りない素直さを
・頭を使うのをやめてみる
・時には渦から出てみる
・敵は味方でもある
・好き嫌いより大切なもの
・すてきな喧嘩を心得る
・縁を時間ではからない
・身内を疎かにしない
・いつか自分を見つめる時があってもいい