夏めいてくれば、彩をます紫の花。…たとえば鉄線/旧5/2・辛丑

初夏のころから梅雨までの期間、街を彩る花は、徐々にムラサキ色が優勢になってゆくように思うのですが、気のせいでしょうか?

いや、あながちそれって間違ってないかも。

たとえば5月上旬に見事な花房を楽しんだは、美しいムラサキでしたよね。
そして、同じく5月上旬から「文目(あやめ)」→中旬の「杜若(かきつばた)」→今ごろに咲く「花菖蒲」と、アヤメ科アヤメ属による混乱。

素人目には、ぜんぜん区別がつかないという問題はさておいて、コレもムラサキが優勢。

「紫陽花(あじさい)」だってブルー系も赤系も、ぜったいムラサキ色が含まれている。

私の好きな雑草界には、そろそろ、「露草」だって咲くだろうし…ほら、これもムラサキに近い青。
ふーむ、やっぱりね。

そんな風に思ったきっかけは、ご近所を歩いて、ちかごろ不思議と目立っているこの花のせいです。

「鉄線」の花が、街のそこここで目立ち始めました。

六枚の花びらに…。

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八枚の花びら

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5月上旬の東北の街でも鉄線は咲いていました
同じころの谷中界隈は、ジャスミンや薔薇などが優勢。
その陰に隠れてひっそり咲いていたんでしょうか?

6月をまじかに、急に目立つようになりました。

この美しい花に「鉄の線」なんて、ずいぶん強そうな名前をつけたひとがいたもんです。

鉄線の花は気品あるムラサキですが、蔓の部分は、そこから想像できないくらいしなやかにして強靭。

5月に花冠に飾ろうと、庭から少しいただく時に、蔓ごと摘む…のがちょっと難しかったぐらいです。
花ばさみを持たずに、コレと対峙すると、花を恨めしく眺めながらも、蔓と格闘することになってしまいます。

つまり、名前の由来は、この蔓のほうみたいです。

しかも、図鑑で調べてみたら、6枚の花びらを持つもののみが「鉄線」と言い、8枚のほうは、「風車」。
…なんだとか。
そして、それらを総称した園芸品種が「クレマチス」。

ちなみに、「鉄線」は中国原種で江戸時代に日本に渡来したもの、一方、「風車」は、日本原種なんだそうです。

ほーっ、そんな深い違いがあったんですねぇ。

しかし、花びらの枚数が多少違ったぐらいで、蔓の強靭さは変わらず。
どちらも、蔓は丈夫で切れにくく、だからというわけでもないでしょうが、おおむね、花の持ち主たちは、これらを「鉄線」と呼んでいるように思います。

鉄線の垣根の思い出

子どもの頃、学校帰りに友人宅へ寄り道するために通ったのは、ゆるい坂をだらだら上がる道。

その上った、突き当たりに立つ家の垣根は、なんと一面この「鉄線」でした。

今頃の時期になると、下校時間に友人たちとふざけながら、だらだらと坂を上ってきても、上りきる直前、満開の紫の花が夢のように咲いていてしばしうっとり。
ふざけていたことを忘れて、子供たちは花咲く壁のような「鉄線」の群れを眺めたものです。

家はいつもしんとして、花の隙間からこっそり覗けば、子供心にも清潔な庭が見えました。

やっとある日、道側に出て花を剪定する人を見かけ、勇気を出して、「このきれいな花はなんという花ですか?」と、尋ねてみます。
グレイの髪をきゅっと後ろでひとつにまとめ、化粧っけない顔に笑顔を貼り付けた女の人が、「坂ノ下の学校の子だよね」といって、紫の花をひとつずつ手渡してくれました。
そして、この花の名前は、「鉄」の「線」と書いて「鉄線(てっせん)」だと教えてくれました。

「鉄線」という花の名は、子供の心に、その名づけのもとである「鉄」の印象まで良くするチカラがあったような気がします。

線路端の有刺鉄線の多い町に住み、時々、それに服を引っ掛け、手足を傷つけ、高度経済成長の子供に似合わず、服にかぎ裂きをつけたり、肌にはうっすらみみずっぱれをつくったり…。
だから、それは、なんとなく邪魔で野蛮な鉄の線の光景だったのが、一転、なんだか慕わしく思えてきて、そのまま記憶の底に残りました。

そんな風に思えたほど、群れ成して咲く「鉄線」の花は美しかったものです。

「鉄線」のステキなところは、ムラサキ花以外にもあります。

この花は、茶花に使われたり、着物の柄や焼き物の模様などに使われるなど、古くから日本の文化・工芸品などでも馴染みある植物ですが、この植物の面白さは花の時期が過ぎてからもう一回。

実を結ぶ時期になると、楚々とした花の美しさとはまるで違った面白いカタチを見せてくれます。
こちらを、意匠にしたり、生けたりすれば、ひとつユニークなものになるのではないかとも思うのですが、あんがいそちらのカタチは知られていないような気もします。

花が散ると、中心のじゃもじゃとした固い毛のようなものが残り、それが丸く絡まって大きくなります。
こんな風です。

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その様子が、まさに鉄の線が絡まって丸くなっているようにも見えて、もしや、これも名前の由来ではないのかと思えるほどです。

やがて、そこからふわふわと白い綿毛のようなものが出てきて、それが種。
その興味深い様子は、ここで図鑑のように並べてお見せしたいほどですが、残念、綿毛の状態は、私も図鑑でしか見たことがありません。

あっでも、コレは、もう少しで綿毛かな?

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ところで、あの「鉄線」の垣根。
実は、後の実とか種とかのことをまったく覚えていません。
あれだけ花が咲けば、その後の様子もなかなかにユニークだったんじゃないかと思うのですが、記憶はさっぱり。

花の持ち主は、もしや毎年、すべての花を剪定してしまっていたのでしょうか。
それとも、実の頃は、子供心にもっと刺激的ななにかに気をとられる季節だったのでしょうか。

ある日、偶然、「クレマチス」の日本語名が「鉄仙」だと教えられ、図鑑を見ればそうありました。

最初、多くの人が、花びらの数にかかわらず呼ぶ名の漢字は、もしや「鉄線」ではなくて「鉄仙」だったのだろうか、と思いつつ、次に、浮かんだのは、あの坂の上の紫の花の光景。

この花は、こんな隠れたところに、仙人、神仙 、仙界の「仙」の字をもって、もしや不思議なチカラを持つものなのか。
実も種のシーンも覚えていない「鉄線」の群れ咲く記憶は、だんだん、はかなくあやしくなりました。

しかし、初夏から盛夏に向かって季節=ムラサキ色…というきっぱりした印象は、私の場合、このひっそりと咲く鉄線の垣根の花とともにあります。

◆今日は、2014年5月30日/旧暦5月2日/皐月辛丑の日