12月17・18・19日は、浅草寺での羽子板市です。いかなくちゃっ!/12/17=旧10/26・壬戌

境内には、歌舞伎役者やら、舞妓さんやら、いるんだろうなぁ…。
いいや、羽子板の絵柄の話。

上野のコンコースに、いよいよ羽子板市のポスターが登場したなぁと思ったのは、酉の市が終わった11月下旬。

羽子板市ポスター

まだまだ間があるなぁ…と思っていたら、瞬く間に、この日がやってきてしまいましたっ!
   
外気は寒いんですが、記憶はまだ残暑の頃というぼんくらな私。
それでも、師走の風物詩「羽子板市」のはじまりだと思えば、きたる年越しの覚悟をせねばならない。
…っていうか、もう来年でいいかという諦めが生じるってことかな。

とりあえず、絶対やらなきゃならないものだけ手を付けようと腹も決まる。

そんな時分ですね。
えっ?
違う?

羽子板市のルーツは、「歳の市」

かつて、年の瀬も差し迫った今頃は、正月用品や縁起物を売る市が江戸東京の各地に立って、それらはみんな「歳の市」と呼ばれました。

いつものように、『東京年中行事(2)(東洋文庫 (121)) 』
(若月紫蘭)などを紐解いて、その「歳の市」の様子をちょっと覗いてみることにしますね

・まずは日程。

14・15日に深川八幡様の門前で歳の市がいちばんのりでスタート。
17・18・19日が、浅草観音様
20・21日と神田明神は少し遅く。
23・24日芝愛宕神社はさらにゆっくり。

と、いう具合。
もしや同じ業者(?)が商っていたのか?
と思うほど、日程を重ねず、日にちをつなぐように続いたようです。

・もっともにぎわっていた場所は?

やはり浅草寺の観音様の境内あたりみたいで、そこは、いまも昔も同じみたい。

<年の市でもっとも賑わうのはやはりこの市(=浅草観音さまの市)で、八百八町から女も男もどやどやと詰め掛ける>
などとありました。

っていうか、こんなにも長きにわたって賑わいを維持する観音さまってすごいかもしれませんね。
実際いつ行っても混んでるもんなぁ。

「羽子板」は、最初、「歳の市」の売り物のひとつだった。

かつて、庶民が「歳の市」でそろえた正月用品は、やがて、近所のお店で普通に購入できるようになる。
⇒「羽子板」のみが残される。
⇒「羽子板市」として大きく発展した。

…というのが、今にも残る「羽子板市」の背景。
といっても、深川八幡、神田明神、日芝愛宕神社にも、今や羽子板市の面影すらもありません。

これってなんで?

浅草寺の羽子板売り場の扱いは古くから特別だったんです

またも『東京年中行事(2)(東洋文庫 (121)) 』を紐解けば、
<雷門前から本堂へかけては、羽子板店がビッシリ並んでいた>
という記述。

まだ「歳の市」と呼ばれた頃も、観音さまのメインストリート=今の仲見世のあたり。
もうすでに飾り付けがお正月仕様ココですね。

仲見世

この長ーい通りが、すべて羽子板の露店で占められていたってことです。
すっげえなぁ。

そして…。

<仁王門から入れば左に宮師、世帯道具店、本堂裏のほうは注連飾り>
という地どりだったようです。

ちなみに、仁王門は、本堂の真ん前にあって左右に仁王様、中央に小舟町と言う提灯が下がっている門です。

もちろん、露店はこれだけにとどまらず、境内を悠々はみ出し、浅草一帯が歳の市で埋め尽くされたのだとか。
ふーむ、さぞかし壮観だったことでしょうね。

さて、現代の羽子板市ですが…。

「羽子板」は、古くは「邪気を跳ね返す板」として女児の健やかな成長を願う縁起物。

羽子板
かつては、女児であった私も今年はひとつ…と、毎年思うのですが、豪華絢爛な押絵細工は、日常生活に飾るにはやはり派手すぎ。
お値段も豪華すぎ。

そもそも、狭い我が家に、見得張る歌舞伎役者の大顔があったら、やはり暑苦しかろうなぁ…。

羽子板

ということで、羽子板は観るだけ。

そうして眺めていると、屋号を染め抜いた暖簾の意匠まで気になったりします(笑)。

羽子板のイラストがちょっといいなぁ..とか。

暖簾

この色合わせ和風なんだけど、黒×茶色×モスグリーンの配色って洋服にしたらちょっとシックでおしゃれでは?

暖簾2

…とか。

思えば、酉の市の熊手の露店も、朝顔やほうずき市も、暖簾が出ている市はない。
これって、羽子板絵を日差しから守る工夫なんでしょうが、見どころがひとつ多いということですね。

羽子板の発祥は室町時代

当時は、シックに松竹梅や花鳥の図が描かれていていたらしいのです。

・江戸時代に入ると、綿と布で立体的な絵を作る押絵細工の技を羽子板絵に応用。
華美をきわめる要因1。

・浮世絵師による歌舞伎役者の絵を羽子板に仕立てるようになる
→江戸中の女性の間で爆発的大流行。
要因2.

で、そのまま、現代の羽子板の意匠に踏襲され、現代まで続いてきたということみたい。

江戸から明治時代までは、1200とも1300軒とも言われ露店の数も、浅草寺のHPによれば、現代は50軒ほど。
派手さはつないできたものの、羽子板市自体も、浅草寺だけと、ずいぶん少なくなってしまいました。

それでも、露店をゆっくり眺めて歩けば、羽子板のかもし出す華やかさは健在。

毎年、風情を楽しむために出かけているのみなんですが、師走の声を聞いたら、ちょっとそわそわ。
けっきょく、欠かさず足を運んでしまう。

この華やかさを堪能しなけりゃ、歳も暮れないって感じなのです。

◆今日は、2014年12月17日/旧暦10月26日/神無月壬戌の日
◆日の出 6時44分 日の入16時30分/月の出 1時30分 月の入13時02分