上橋菜穂子作『香君』を手に取った最初、上下巻は長い道のりだと思ったのも束の間。物語は、多くの魅力を纏ってやって来てあっという間に完結。ああ、もっと読みたい。

上橋菜穂子作『香君』を読了。

ドラマ化された「精霊の守り人」シリーズも、本屋大賞を受賞した『鹿の王』にしても、物語は架空の王国を舞台にした活劇だった。
読者としては、そこに横たわるテーマの深さを味わいつつも、ハラハラドキドキも楽しみたい。

しかし、本作『香君』上のテーマは植物。
実際、表紙のイメージも、美しい花々に穀物の実りが描かれて、しかも、相変わらずの長編だ。

香君 上下 上橋菜穂子

読み進めるだろうかしら?と少し不安になったりもした。

…と思ったのも束の間、本作もあっという間に、物語世界に引きずり込まれ、ちゃんとドキドキもハラハラもあり、植物を入り口に、このリアル世界の穀物&食料事情を彷彿させる仕掛けも万全。

相変わらずの読み応えある物語なのでした。

タイトルの「香君」は、香りで万象を知る活神のこと。

物語の主舞台となるウマール帝国は、帝国に恭順を示す藩王国を従えて、ひとりの皇帝が国を治め、活神「香君」が庇護を与えるというカタチで発展を遂げてきた。

その根幹にあるのもかつて初代の香君がもたらした「オアレ稲」。
オアレ稲は、土壌の変化や虫害にも強く育てやすく、収穫量も多い奇跡の稲。この稲の栽培により、人々は飢えることなく暮らすことができ、やがて人口も増えていった。

しかし、「オアレ稲」のみに依存し続ける日々に、ある時微かなひび割れが生じ、やがて、大きな厄災となってゆく。

本作の主人公アイシャは、「オアレ稲」を否定する藩王の血縁である故に、とらえられ処刑されるが…。

冒頭から、こんな始まり方でドキドキするが、特殊な嗅覚を持つゆえに、密かに助け出されるあたりから、植物のチカラが展開する。
処刑は「凍草(ヒリン)」という草を使って毒殺。
しかし、その草も使い方次第で、死んだとみせかけつつも、命を救うことができる…と。

ああ、物語は、こんな風に、(架空の)草々のチカラを総動員させて紡がれてゆくんだなぁと、思え、最初の数ページで興味深々なのである。

さて、その特殊な嗅覚を持つゆえに、救われた少女アイシャは、物語全体を通じて、様々に植物の声を聴き、万象を理解してゆく。
すべては、作家による架空の事象でありながら、そのいちいちを、作家・小橋菜穂子は、多くの文献にあたり、また、研究者に教えを乞うて、植物を学ぶ中から生み出してゆく。
だからこそのリアル。
面白さなのである。

長い物語は、主人公たちの活躍を夢中に追ううちに、そして、植生の興味も刺激されるうち大団円。
本作も、ああ、面白かったと最終頁を満足して閉じる。

下巻の巻末に、作家の読み解いた本のリストもあって、この物語を入り口に興味の旅はいましばらく続きそうです。

↓読み始めるなら上下巻揃えてからがおすすめ。長編ですが、続きが知りたくてどんどん読めます。

上橋菜穂子作『香君 上 西から来た少女』文芸春秋

上橋菜穂子作『香君 下 遥かな道』文芸春秋