東京地方の桜は、2014年3月25日14時半開花。
ちなみに、私の勝手標本木は、翌26日に開花。
ソメイヨシノは、春雷にもめげず、花散らしの雨にも耐えて、それから、2週間以上も持ちました。
学校の入学式にもギリギリセーフで、なかなかの健闘ぶりです。
その桜もそろそろ終わり。
もうすっかり、花を散らし…。
映った木立の水面に咲いております。
この様子には、しっかり花筏(はないかだ)というコトバだって用意されて、桜は散り際まで惜しむように愛でられます。
そして、花びらが無くなったあとのブーケ(?)ってのもなんかちょっと可愛いんだよね。
そして、花のまま散ったのを見つけるたびに、拾って、そおっとポケットに入れて持ち帰り…。
水に放ってみました。
しなしなだったのが、数時間後にはこんな風にもとどおり。
サクラってのは、水に似合う花でもあるんですね。
現在の花見の名所は、江戸時代に人の手で植樹され整備されたもの。
こうして散ってゆく桜を眺めながら思い返せば、どこにも共通して水があることに気づきます。
たとえば…。
・「向島の墨田堤」は、もちろん隅田川。
・「上野寛永寺」は、不忍の池をかたわらに置く。
・「品川の御殿山」は、現在、御殿山ヒルズの辺りが花見の名所とやや様変わりしましたし、大規模な埋め立てにより海岸線はずいぶん沖合いに移動しましたが、江戸の頃には海辺の近くです。
・「王子の飛島山」はどうかといえば、やはり、飛島山の際を石神井川が流れ、その辺りは、かつて音無川と呼ばれた渓流を主とした景勝地。
その旧流路を整備して今も「音無親水公園」という渓流の美しい場所になっています。
・「小金井の桜」は、江戸市中へ飲料水を供給していた、江戸の六上水の一つ、「玉川上水」の両岸に植えられたもの。
ふーむ。
江戸の桜見名所の開発は、水面に散った花びらの美しさを楽しむことまで想定したのかしらね?
いやいや、実は話は逆。
いづれの水辺も桜が植樹される前から、江戸人に慕われた景勝地。
もともと、旧暦3月3日の今ごろに、1日仕事を休んで、水辺や山野に出かけ、自然のカミサマと食事して楽しむという意味合いの行事があって、そのため多くの人が春に出かけていく場所に植樹の白羽の矢が立ったというのがホントみたいです。
花見の名所作りは、もともと、人の集まる場所に桜を植樹するという政策だったようで、水面桜は偶然の産物。
それでも、粋な江戸人たちは、きっと土の茶色に降った桃色のコントラストを楽しみ、流れる水に散った桜を積極的にめでたに違いなく。
そうとしか思えない、散り行く桜の美しさです。
都会の土は、コンクリートやアスファルトに覆われていても、江戸から続く桜の名所は、今も、土の地面をむき出し、傍に清い水をたたえています。
ここに、桜が咲いて満開になり、散って地面に帰ってゆくまでを、見るものにくまなく楽しませようぞという桜の決意…みたいなものをふと感じたり。
これは、桜の木々が守ってきてくれた、美しい春の一連の風景なのかもしれないです。
◆今日は、2014年4月10日/旧暦3月11日/弥生辛亥の日