5月に入ってから、梅雨の時期あたりまでは、やっぱり、花々は、ムラサキや青が優勢。
その中で、ひとつ
「私は暖色系部門を担当してますよ!」
とでも言っている風に、立葵(たちあおい)の花が咲いています。
道端にも堂々と。
団地の壁際なんかも相当に似合います。
立葵は、はるばる地中海から
この花が、遠く地中海のあたりから唐を経由してやってきたのは平安時代。
当初は、薬用として渡来したといわれ、その後、花がきれいなことから園芸種として珍重されるようになったそうです。
最初、渡ってきたお国の名前をいただき「唐葵」という名。
江戸時代になると、徳川のご紋の意匠「双葉葵(ふたばあおい)」が、地面を覆うように葉が育ち、花もひっそり地味につけるから、それに対してなのか「立葵」と呼ばれるようになったのだとか。
野生の種が何らかの方法で勝手に来て日本に落ち着いたというのではない、なんとも、正統派ルーツを持つ花なんですね。
都会の立葵の咲く場所は、道端とか高速道路や新幹線の高架下とか。
しかし、その正統派ルーツもなんのその、この花を見かけるのは、相当意外な場所が多く。
しかも、他の野生の草と一緒に群れ成して咲いているような気がします。
たぶんどなたかが、コンクリートだらけのさびしい風景を哀れんだのでしょうか。
立葵は、宿根性の多年草。
そのことを知ってか知らぬか、そこに人知れずそっと植えた。
しかし、元来の種の丈夫さから、その後は何もしなくとも毎年季節になると茎が伸び葉が出て大きな花を咲かせる。
…ってことでしょうか。
いやいや、そういえば、時々、大きなペットボトルを持ち出して、密かに水をかけている人を見かけたような気がします。
ふふぅーん!
都会のコンクリートを立葵で覆おうとする秘密結社があったりしてなぁ…。
って、すみません、またいつもの妄想です。
「立葵」は、その名前のとおり、茎はすっくと直立して高さは約2~3メートルと人間の背丈を越すほどに育つ。
そんなに背高だというのに、花は根元のほうから茎を覆うように房状に咲き、それが一列に並んでいる様子はひじょうに華やかな印象をもちます。
しかも、花の時期が今頃から盛夏までと長いのも嬉しい特徴。
花盛りの頃でも、ちゃんと次に咲く蕾がスタンバイ。
ふふふっ、たっぷりふくよかな蕾もかわいいですね。
それが咲くなり、この華やかさ。
首尾よく根付いたとなれば、グレイ一色のコンクリートの壁も道も、しばらくは特別な場所といった感じに様変わりして、そのそばをそぞろ歩くのがなんだか楽しい。
ここに「立葵」を植えた人の気持ちがわかるというものです。
「立葵」は、なぜか公団住宅に付き物の花…のような気がします。
子どもの頃、友人が住んでいた団地には、平屋の長屋タイプのものも、3~4階の集合住宅スタイルも、なぜかその壁面に沿ってずらりと立葵の列があった記憶があります。
つまりやっぱりコンクリートを背景に、赤やピンクや紫や…色とりどりの花を咲かせ、さびしい光景を華やかに飾っていたということでしょうか。
みんな考えることは同じなんですね。
立葵の花は、今頃咲くので「梅雨葵(つゆあおい)」の別称を持ちますが、これが咲くのを見つければ、もう梅雨というより、盛夏が近い気分満々になります。
故郷の公団住宅には、同級生もたくさん住んでいました。
その団地の立葵の花が咲けば、子供たちは、もう夏を待ちきれ無いという気分になって、ビニールプールを持ち出して水遊びをした。
じめじめ湿気で暑い日々には、まだ水は冷たかったけれど、立葵が咲いているからなんのそのと、なぜか誰もが根拠無くそう思います。
しかし、そのうち、天から雨が降ってきて、さらにどんどん雨脚が速くなる。
それでも、花に見守られているような気になって、シャワーシャワーだと大騒ぎをして、結果夏風邪。
そんな無邪気でバカバカしい記憶も、この花とともにある小さく愛しい思い出です。
◆今日は、2014年6月9日/旧暦5月12日/皐月辛亥の日