異国の目から、日本の良さを教えてくれた。今日は小泉八雲の誕生日です/旧6/1・己巳

子どもの頃、小泉八雲の『怪談』を読んだ夕暮れ時は、ことのほか怖かった記憶があります。

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いつものように学校の図書室へ行き、なんの気まぐれなのかちょっと怖めのイラストの表紙に、『怪談』と書かれた本を借りた。
こうゆう類の本は嫌いではないけれど、やはり誰か他人がいる図書室で読んで、そのまま書棚に返すと決めていたのに、なぜだかその日は、早く下校しろとせかされひとり家で読む羽目になる。

夏休み直前の日、家には誰もいない。

鍵を開けて家に入ると、まだ外は明るいというのに、古い家屋は軒が深く、部屋の中はいつものように薄暗かった。
扇風機の羽が、ブンブンと音をたて、あたりの空気をかき回すのを聞きながら表紙をめくる。

物の怪に翻弄される琵琶法師の話を読む…。

「耳なし芳一」の話は、たぶんこのときが初めてで、壇ノ浦の合戦も平家も源氏も知らないけれど、琵琶法師の悲しい歌を想像して聞きほれる。
お経のかかれていなかった耳がむしりとられるシーンに来れば、読んでいるほうまで痛みを感じてぞっとした。

次には、山の上に住む人食い鬼の話がやってくる。
そして、狢が化けて出たのっぺらぼうの話。
おろかな若者は雪女との約束をやぶり…。

そばに置いたカルピスの氷がカランとなった

びくつきながら、あたりを見回す。

部屋の隅には、もう夜の闇がやってきて、そこに何かいそうな気がするけれど、気にせずまだまだ読み続けようかどうしよう。

今度は、扇風機が突然止まる。
ブンブンいっていた音が消えると、夏の夕暮れ時は思いのほかシーンと静かになった。

怖くなって、急いで明かりをつける。
…蛍光灯の光は、部屋の隅々まで照らし、あたりにはもちろん何もいないけど、そこには確かに物の怪たちはいて、明かりを嫌って消えてしまったようにも思えました。

ふーっ。

日本の怖い話を教えてくれたのは、外国からきたミステリアスなひと。

夏の1日に読んだ怖い話は、そのまま小泉八雲という名前とともに子供心にしっかり記憶に残りました。

そして、それからずいぶんたって、小泉八雲はほんとはラフカディオ・ハーンという異国の人だと知り、もう一度興味を持ちます。
しかし、すでにずいぶん小生意気にもなっていて、『怪談』を読み返してもちっとも怖くありません。

いや、というより、もうその頃は、家も街もどこもかしこも明るく照らされ、暗闇どころか薄暗い場所も無く、怖い話を読むに似つかわしい場所を私たちは失いつつあったからかもしれません。

しかし、怖くなくとも小泉八雲の描く世界は、違った意味でことのほか面白く。

それは、江戸時代の名残りある頃の明治…それを見る外国人のまなざしが、現代の日本人が昔の日本を知りたがる視点に少し近かったからなのかもしれません。

『怪談』は、実は、日本各地に伝えられていたお話なのだという興味

それらの怖い話は、小泉八雲のオリジナルな話ではなくて、妻・節子から聞いた日本各地の伝説、幽霊話などに独自の解釈を加えて描いた作品。

だから、大人になって読めば、時々別のところで聞いたことがある日本の昔話と気がついたりもします。

しかし、『怪談』を含めた彼の多くの著作は、日本を知らない異国へ向けて「日本」を描いたものだから、当時の日本人には当たり前でも、現代人にはちょっとわからないあれこれが非常に丁寧に説明されているようにも思えます。

現代人が昔を思う気持ちと、昔日本に渡ってきた外国人が日本を見る気持ち、そのふたつが、小泉八雲の作品を通してシンクロしているような不思議体験を味わうことにもなるのです。

日本の魅力を日本人に教えてくれた、ラフカディオ・ハーン=小泉八雲

若き日に怪我で左眼の視力を失い、それを気にして右側しか見せない写真の人は、それを補うかのように、五感のすべてを使って日本を知って伝えようとつとめ、帰化して日本人となってこの世を去ります。

その思いを受け取るように、多くの日本人によって何度も何度も『怪談』は読まれ、あるいは日本について書かれたおびただしい著作の中からちょっとだけ、それでも、それすら何度も何度も。

こうして、小泉八雲を手にした日本人は、まずは、小泉さんに『怪談』で、怖い目に会わされる。
そして、大人になって再会し、小泉八雲ことラフカディオ・ハーン氏に「失われた日本」を次々に見せてもらうことになるのです。

小泉八雲の見て聞いて書いた日本には、美しさや礼儀正しさやがあって、知らないその頃が懐かしい。

今日は、そんな風に生きて書いた小泉八雲の誕生日です。

おめでとうございます。
そして、日本に着て、住んで、日本を愛してくれてありがとう。

◆今日は、2014年6月27日/旧暦6月1日/水無月己巳の日/新月→今日は何かをスタートさせるに好日ですよ!

↓装幀がずいぶん変わりましたが、同じ本です