正式にいうとですが…
今日11月15日が七五三のお祝いの日です。
私といえば、すかさず、帯や着物の柄のチェック!
だって、妙に可愛いんですもん。
オレンジに黒の帯なんて、どんなにステキな組み合わせでも、オトナが来たらただの派手。
七五三の子どもの衣装選びに血道をあげるお母さんの気持ちわかるなぁ…。
あっ!こっちの着物は、柄がいいねっ!
こっちは着こなしがうまいッ!
着付けもなかなかに上等。この子はけっこう走り回ってましたが着くずれがない。
同じ風なのを成人式に着ている男子がいるけど、あれはちょっと…。(←あくまで個人的意見です)
七五三前後の晴れた秋の休日の神社って、こんな具合に華やいでいます。
昔、7歳までの子どもはカミサマからの預かりもの
…という考え方がありました。
この考え方こそが、七五三のお祝いのそもそもの由来。
かつて、子どもの死亡率は高く、病にかかってあっという間に逝ってしまったとしても、「七つまでは神のうち」。
だから、カミサマが返せとおっしゃって連れて行ったと、悲しみながらも諦観したんでしょうか。
だから、この世に生を受けてから七歳までの間に細かい節目を設け、この成長を祝った。
・男女三歳は「髪置」
子供の頭に綿帽子をかぶせ、長寿を祈う行事。
白い綿を白髪に見立てて、子どもの黒髪が白くなるまで長く生きることを願ったということみたい。
・男子五歳は「袴着」
男児が生まれて初めて「袴」をはく儀式。
ちなみに、「袴」は、公の場で身に着ける正装。つまり、カミサマの子⇒人間社会の役割を担うヒトに、無事成長することを祈ったってコトでしょうね。
・女子七歳は「帯解」
女子がこれまで着ていた簡易な着物の付け紐をはずして、大人と同じ、帯を締め着物を着る行事。
こちらも、カミサマの子⇒大人の女性の一員となったことを祝い、健やかな成長を祈りました。
我が子が、この節目を元気にクリアして成長してゆくことを切に祈ったというのが七五三のそもそもの意味だったのですね。
その背景には、カミサマの子として逝ってしまった多くの子供たちの存在がいた。
と考えると、切ない親の気持ちを纏った行事ともいえます。
三歳、五歳、七歳を「七五三」という呼び方をしたのは江戸時代。
もうそのまんまですが、シンプルでわかりやすい。
しかし、当時、「七五三」という呼び方は江戸エリア特有のものだったようです。
ちなみに、11月15日が正式な祝いとなったのも江戸らしい理由。
もとは、11月の吉日を選んで産神様にお参りすればよかったところを、三代将軍家光が後の五代将軍綱吉の袴着の儀式をその日に行ったというのがきっかけで、この日が正式な日となってたんだそうです。
あっ!千歳あめだ!
と、普段は扱われていない縁起物「千歳あめ」が登場するのも、この時期、神社巡りのちょっとした楽しさ。
このパッケージは、明治神宮のモノですが、最初「なんか普通」と横目で見てたのですが…。
中身の意匠がなかなかに私好み。
シックで、神社から授与されるものとしての風格があるっていうか。
関係ないのに、買っちゃおうかなぁ。どうしよう。
と、逡巡。
いや、写真だけ撮らせていただき遠慮しました。
ああ、七五三って、こうして、対象者の子を持たない大人をも魅了する日本の美しい行事なんですよね。
◆今日は、2015年11月15日/旧暦10月4日/神無月乙未の日
◆日の出6時16分 日の入16時35分/月の出9時02分 月の入19時30分