初午祭の地口行灯  

ひゃあ、ひょうたんばっかりいわっしゃるぅ~!

2011年_ひょうたんばっかりいわっしゃる

って、なにいってんの?!
と突っ込みをいれたくなります、コレ。
漫画にも似た絵にどこかで聞いたことのある言葉のもじり。

これらは、かつて2月の午の日・初午祭に江戸市中のお稲荷さんにはどこでも飾られたとされる「地口行灯」というものです。
ことわざなどを語呂合わせでもじった地口、今の感覚で言えば、駄洒落のようなものにユーモラスな絵を描き、箱行灯に描いたもの。
かつての初午祭には欠かせないものでした。

江戸の稲荷人気はダントツ!

日本人には、とてもポピュラーなお稲荷さん。
その人気の高さでは江戸の町が他の町を大きく離してダントツでした。

かつて、江戸の名物として「火事、喧嘩についで伊勢屋、稲荷に犬の糞」と良く目に着くものが俗言としていわれ、店の看板の文字「伊勢屋」(当時、伊勢から江戸に出店する商家が多かった)とか犬の…はさておき、江戸市中を何度も焼き尽くした火事や気の短い江戸っ子の喧嘩などと並ぶほどに、市中にある稲荷社の数は半端ではなかったようです。

確かに、現在の東京だって、ちょっと歩けば、すぐに赤い鳥居の向こうに狐さんが対に並んでいるのに出会える街。

関東稲荷総司と自称し合う、王子稲荷と湯島・妻恋稲荷をはじめとした規模の大きい諸社はもちろん、ビルの谷間や路地裏などにひっそりと祀られる小さなものまでいろいろ。
そういえば、デパートの屋上にお稲荷さんというのも案外珍しくなくて、それはかつてその敷地の屋敷神だったなごりでもあります。

稲荷密集地の江戸、二月午の日になると一斉に初午祭が!

現代の稲荷密集度ですら相当なものであるのに、江戸の当時は、それと同じか、それ以上に大量にある稲荷さんで、2月初午の日にいっせいにお祭りが行なわれたそうです。

ともかく、初午祭の日の江戸市中は大賑わい。
お稲荷さんの密集度を考えれば、静かな場所を探すのが難しいぐらいな感じだったのではないでしょうか?

この種の行事を記録した本に当たれば、必ず出てくるのが、その賑わいの様子。
「前晩から提灯をかかげ旗や幟を立て、地口行灯(じぐちあんどん)などを作って飾り立て、当日はお神楽があるとか、馬鹿囃しがあるとか、太鼓を放り出してほしいままに子どもらに打ち慰ましめるとか…」とあるのは、明治44年にまとめられた「東京年中行事」(1巻 東洋文庫)

「子どもらが群れをなして”いなりこう、万年こう、御十二銅おあげ”と叫びながら家々をめぐり訪れて、銭を乞い、その金で買った供物をあげ、社殿にこもり残った銭で買い食いして、前夜から夜通しで太鼓をたたいて遊んだ」(「江戸歳時風俗誌」展望社)
…などなど、何やら非常に楽しそう。

今では、初午の日といっても、子どもの囃し声も夜通し太鼓をたたく音も聴こえず、お稲荷さんはたくさんあるのに非常に残念な気もします。

往時の名残は、東京に、まだかすかにですが残されています。

たとえば、上の写真の「地口行灯」

これは、台東区千束稲荷神社の初午祭に飾られる地口行灯で、旧暦の初午により近い日をということなのか、二の午の日がこの神社の初午祭です。
拝殿前には、こんな行灯も、右に…。

千束稲荷2

左に飾られて…。
千束稲荷3

いつもはひっそりとした境内には、「ひょうたんばっかり~」と同じく楽しい絵と駄洒落の「地口行灯」が百灯ちかくも飾られ、見事です。
たぶん、これだけの規模で地口行灯を飾っている神社もほかには無いと思われ、江戸の初午祭の様子はこんなだったかと思わせる光景が繰り広がります。

江戸の駄洒落のレベルの高さ

ところで、地口行灯の地口と絵、実際にそれを眺めてみれば、江戸の駄洒落は、現代人にはレベルが高い。

写真の「ひょうたんばっかりいわっしゃる」→「冗談ばっかり言わっしゃる」など、現在でも使われている言葉のもじりはすぐわかりますが、中には、芝居の台詞や歌舞伎の演目をネタにもじったものもあり、そうなるとお手上げ。

この「冗談ばっかり~」だって、よくよく考えてみれば京ことば。江戸の駄洒落=地口に、わざわざ京ことばを使うってとこにも何か深い教養の謎がありそうですよね。

というわけで、行灯に書かれた駄洒落と気が抜けたような愉快な絵を見て、ふふふっと楽しく笑ってみるにも、なかなかどうして教養がいります。

地口も絵も、江戸から続く言葉と型を、絵師達が代々受け継いできたもの、とすれば、これらは、江戸の庶民の風俗と当時の気分を伝えてくれる、とても貴重なものなのです。

やはり、そのすべてをきちんと眺め、少しでも記憶にとどめようか…と鳥居のある入り口へ舞い戻り、地口をひとつひとつ。軽く笑って楽しむどころか、解らないものはメモなどまでして、いつまでも立ち去りがたくなりました。

そうして、夕暮れ時が近づけば、地口行灯ひとつひとつに灯りが点され、地口行灯を丁寧に眺めたご褒美のように美しい光景が立ち上がります。

◎台東区・千束稲荷神社の初午祭 二の午の日とその前日