日本児童文学の父、今日生まれる /旧3/8・戊申

今日、4月7日は、童話作家小川未明の誕生日です。

小川未明

代表作「赤いろうそくと人魚」をはじめ、小川未明の描く世界は、いつも寒い北風が吹いているような印象。
そんな物語を紡ぐ作家が、春爛漫の時期に生まれた人だったと知ってちょっとびっくり!

小川未明の童話は超短編で、すぐ読める代わりに、大団円もハッピーエンドも見当たらない。
はじめて読んだのは、ハッピーエンド命!な、小学生のときで(今もその傾向はあり)、読後は怖かった記憶があります。

それでも、描かれる物語には独特の美しさはあってどうしても惹かれてしまう。
大勢の人がいる図書室の隅っこに座り、恐る恐る、しかし、あと1ページ、あともう少しだけと読み進み、そんなふうに夢中になっているうちに図書室は閉館時間。
しぶしぶ本を書棚に返し帰り支度をしていると、司書の先生がやって来て「借りていけばいいのに」と勧められます。
両親とも働いて、夕方にならなければ帰ってきません。

誰もいない家にそんな本を持ち帰れば、部屋の片隅の暗闇から何かが現れ、さらってゆかれるような気がする。
このお話は、誰かがいる明るい場所でしか読めなかったのでした。

しかし、そうしながらも、遂に図書室にある小川未明の蔵書は全部読みつくしてしまいます。

多作な作家で、まだまだ未読の物語があることを知ったのは、ずっとあとのことですが、ひとりの作家の作品を連続して大量に読む経験は、小川未明の童話が最初だったかと思います。そして、そのあと、今まで大好きだった童話がとても幼稚に思えて楽しめなくなりました。
あの物語は、大人と子どもの分水嶺にいて、いやおうなく大人の水域に押し出すチカラをもっていたのかもしれません。

未明さんの物語は、あの時、少しだけ読書家の小学生にどんな魔法をかけたのでしょうか?

それを探しもとめることを目的に何か読んでみようかと久しぶりに紐解いてみますと、相手は「日本のアンデルセン」とか「日本児童文学の父」と呼ばれた作家、やはり大人も相当に夢中にさせるチカラがあって、いつしか読書以外のすべてを後回しにし、1冊を休日の1日で、読み飛ばすことなく読了してしまいます。

未明さんが描いた世界に息づく怖さは、守られるものがない場所へ放り出されてしまうような怖さ。

たとえば、人を凍らせるほどの冬の寒さ。
何でも飲み込んでしまう荒々しい海。
そんな人智を超えた畏怖すべき自然の中に放り出される。

さらに、その畏怖すべきものに折り合いをつけて暮らすことを受け入れられず、自分だけはどうにか逃れられないかとばかり考えてしまうエゴイズム…そんな人間のおろかさまでも描かれている。

世界には、怖さも醜さも、あるものはある。

作家は、それを安易に忘れたり見てみぬふりをすることを明らかに望んでいない。
物語は、不気味なほど淡々と語られてゆき、読者はいつも密かに緊張しながら読み進むことになります。

確かにこれは怖いお話ですが、いつもココロの片隅に生かしておかなければならない類の怖さ。
生きてゆくうえで糧になる怖さです。

だから、この物語を怖いと素直に思い、それでもその物語を美しいと思えた子どもの自分がとても正しく、愛おしいもののように思い出されます。

もっともっと読みたくなりました。

小川未明の本は、今、写真の岩波文庫と新潮文庫以外は、書店の棚にはあまり多く見かけません。大型書店に行けばあるいはと思っても結果は同じ。
図書館で探して、やっとたくさんの小川未明の本と出会い、しばらくの読書には事欠かないとホッとしました。

しかし、どれも、ココしばらくは誰にも借りられずいたという風情でひっそりと書棚にあって、となれば、今こそもっと読まれてもいい本なのではないか、こんなに一人で大量に借りられるほど不人気とはいかがなものか…と、勝手に小さく憤ってもみます。

小川未明の筆名「未明」は、早稲田大学の恩師でもあった、島村抱月による。

島村抱月は、ゲーテの「美はtwilightにあり」を引いて、「しかし、同じ薄明でも、たそがれはこれから暗くなるのだし、暁はこれから明るくなるのだから未明がよかろう」とつけてもらった名前なのだそうです。

小川未明は、そんな希望溢れる名前を持って半世紀以上、初期には小説作品も多く描き、それはそれで評価を得ていたというのに、ある日、赤貧を覚悟の上で児童文学一本に絞ります。

しかし、未明の描く物語には、はなから「児童のための文学」などという垣根はなくて、大人へも子どもへも分けることなく真実を描き、読者の中にあるにあるピュアな部分を強く響かせ時にえぐりだしもします。
そして、それは、よどみの中にいたものを新しい一歩に導くチカラを持つものでもあるかのようです。

未明の童話は、尊い怖さを描きながら、その暗い闇から新しいものが生まれてくるその最初の一筋の光のごとくでもあるのです。

小川未明さん。
132回目(1982年生まれ)のお誕生日おめでとうございます。

◆今日は、2014年4月7日/旧暦3月8日/弥生戊申の日/上弦の月