夏も近づく八十八夜は今日ですよ!/旧4/4・癸酉

今日は、立春を第1日目として数えて88日目。
夏も近づく八十八夜(はちじゅうはちや)~♪です。

その歌のとおり、あと数日で夏の始まりである「立夏」。
八十八夜のあたりの東京地方は、かなり夏めいてきて、昼間は半袖のほうはふさわしい日だってあります。

実際、4月25日~ 4月29日 の七十二候「霜止出苗(しもやみてなえいづる)」に続き、「八十八夜の別れ霜」という言葉もあって、霜の降りる朝とはそろそろホントにお別れ、霜害も目に見えて減ってゆくのだそうです。

降霜の心配がなくなれば、農家は種まき仕事に入ります。

ただし、自然の営みとは生半可ではなく、いつまでも遅霜が発生する年がもちろんあって、「八十八夜の泣き霜」とか、ひどいときには「九十九夜の泣き霜」なんてコトバも用意されている。
ひとたび霜が降ってしまえば、農家にとっては大きな被害。

「八十八夜」は、そんな自然の気ままさを注意喚起するための日という説もあって、夏の日がすぐそこまで来ているといっても自然のチカラに油断は禁物です。

どちらにしても、八十八夜は、夏の農事の目安。

自然にお伺いを立てて、よしと成ったら田畑に種をまき苗を植える。
そして、お茶の産地では茶摘みも始まり新茶の季節となります。

だんだん畑3

八十八夜と聞いて、個人的に思うのが、まだ行ったことのないこの美しい風景。(クリックしてご覧ください。大きくなります)

写真は、ある年、ふと思い立ったように友人から新茶とともに贈られて来たものです。
その友人の友達が女性の身で単身農業に「転職」し、お茶の生産者になって育てているお茶畑の写真。
贈られて来た新茶は、そこで手摘みされたものだと添えられた手紙にありました。

日常的には、番茶やほうじ茶となりがちで、普段、緑茶はあまりいただかず。
…だから、とても美味しいお茶だったのにもかかわらず、そのまま再注文することもなく時はたってしまいました。

しかし、この茶畑の写真のほうは、プリントアウトして、毎年の日記の夏の日付の辺りに挟みなおしては、眺めています。

小さな山間の不便な場所にこつこつ丁寧にお茶の苗を植え、手を掛け育て、やがて芽吹いたお茶が辺りをまぶしい緑色に染める。
これは、THE美しい日本の原風景かな…と。

日本人は、ずっと前から、小さな工夫や努力を淡々と積み重ね、やがて美しい何かを作って来たものなんだなぁ…とも。

初夏の一夜、そんなことをつらつらと考えてみるのです。

このブログには、必ず自分で撮った写真を1~2枚と決めていますが、今回は例外。
ちょっとお許しくださいませ。

古い暦の仲間、「雑節」という暦日

古い暦の中には、二十四節気や七十二候、五節供などと並んで、「雑節」という暦日もあって、これも、季節の移り変わりの目安となる日です。

旧暦日のほとんどは、中国北部の気候に併せて作られたもので、七十二候などは日本の風土に併せて幾度も変更されましたが、やはり日本の気候とはどうしてもズレが生じる。
それでは、農事の目安とするには、やや心もとない。

そこを補強するため作られた日本製の暦日が「雑節」です。

「八十八夜」の他には、春夏秋冬にある「節分」や「土用」、春と秋の「彼岸」や「社日」、「入梅」、「半夏生」など。
加えて、強風の来る日とされる「二百十日」に「二百二十日」などもその仲間で、すべて、日本の気候に併せオリジナルで作られて、二十四節気のズレに対し、補助的な役割をします。

特に、「八十八夜」は、文字を組み替えると「米」という字になることから、農事にとって特別な日とされ、この日の前後で豊作を願うための行事が、今も多く行われているようです。

実際、その特別な日である、八十八夜の日に摘んだお茶は、飲めば、一年間無病息災で過ごせるとの言い伝えもあります。

…となれば、やはり新茶の時期ぐらいは、緑茶を飲むべきかしらと思う。

お茶

お茶の葉っぱは、もうその姿かたちも美しく、うまく入れればすっきりした緑もまた。
しかし、残念なことに、どうも私は緑茶の淹れ方が、ちょっと下手(笑)。

ああ、そうだっ!
もう少し暑くなったら、氷出しのお茶を入れましょう。

今年3月に終わった、NHK朝ドラ「ごちそうさん」のワンシーンで、キレのいいいけずをしていた和枝さんが、主人公め衣子に、氷出しのお茶の入れ方を伝授しておりましたっけ。
あれなら私も美味しく入れられるかも?

ということで、うまく入りましたら、まだこのブログにて。
暑くなるまでお待ちください。

◆今日は、2014年5月2日/旧暦4月4日/卯月癸酉の日