台所に荒神サマを祀るのは
古くからある風習のひとつ。
その、荒神サマが、江戸東京は旧東海道沿いに祀られていて、江戸の頃より「品川の荒神さん」なんて呼ばれて慕われていたりする。
「品川の荒神さん」の正式なお名前は、「千躰荒神」。
いらっしゃる場所は、青物横丁駅からほど近く、曹洞宗の古刹・海運寺です。
11月27・28日は「品川の荒神さん」の秋の大祭
旧東海道沿いは、江戸時代の宿場町、南品川宿だったあたりで、往時の風情をそここに残す場所。
もちろん、海運寺も相当に由緒あるお寺。
…ではありますが、普段は、観光客の姿もまれで、ひっそりと静かな界隈。
しかし、今日と明日は、きっと早朝から妙ににぎわっているはずです。
最寄駅の青物横丁で下車し、東京湾側に検討をつけて進んでゆけば、どこからともなく、年配の御婦人たちが現れて、手には、それぞれ風呂敷やら手提げ袋に入れた小さなもの。
迷うことなくそんな方々のあとをついてゆけば、ほどなく、竹製の笊や籠、古着や和服小物などの露店が道沿いを埋めはじめ…。
と、いつの間にかお祭りの露店の真ん中にいたりします。
ご婦人方が持っていらした小さなものは荒神さんの入った厨子
荒神さんは、火と水を司るカミサマで、もともとは仏・法・僧の三宝を守護し不浄を嫌うインド神。
それが、台所でいちば重要なのは「火」と「水」が共通点ってコトか、竈のカミサマとして信仰されるようになった模様。
ちなみに、海運寺が祀る荒神サマ「千躰荒神」は、若き武将・鍋島直澄が18歳で島原の乱に出陣、荒神様に詣でて必勝祈願をしたところ武勲を得たことに由来する。
…という、かなり古い伝説をも持っていて、そのカミサマが、江戸末期にこの寺に勧請されて、以降、多くの人々が参詣するにいたり⇒のちに春・秋の年2回のお祭りとなったという。
超ざっくり申すと、そんな歴史を持っています。
で、現代の荒神さまは…。
旧東海道界隈を中心にした庶民の台所に祀られて、火事にならないよう、日々、火元を御守りいただいている次第。
ってコトで、ご本堂の天井には、ずらりと纏(まとい)の図柄で埋まっておりました。
春秋の大祭では…。そう秋と春2回も大祭があるんですよね!
ご婦人たちが、厨子に入れてお連れした荒神様は、堂内の護摩法要の火で炙ってもらい、半年の不浄なモノやら何やらを清めていただく。
というのが、この大祭のメインイベント。
実際、護摩焚きの火に、もう少しで燃えそうなぐらいにしっかり当てられており、一般の参詣者(←主に私)は、かなりびっくり!
燃えちゃわないの?
暑くない?
…と、思わず声に出しちゃいました(小声ですが・笑)
いやいや、火のカミサマなんで大丈夫。
かえって、荒神さんの霊力は、リフレッシュして、また今晩から半年、台所を御守りいただくんだそうです。
江戸由来の庶民の祭りに多いのは、「火防せ」のご利益
いまでも多くの場所に残るお稲荷さんなどは、その代表格ですが、「千躰荒神」の信仰も同じ願いを纏ったもの。
「火」と「水」のカミサマですから、火事をいちばん怖いものとして嫌った江戸人が見過ごすわけもあるはずがないので当然といえば当然。
加えて、このお祭りには、そのご利益を盤石にすると言う意味なのかどうか、ちょっと不思議な作法もあった。
それは、こんな風だったみたい。
1.お入りいただく厨子は丁寧に風呂敷で包み、できれば首から下げて大事に胸の前に抱える。
2.護摩焚きが済んだら寄り道をせずにまっすぐに帰る。
3.帰路は、だれともしゃべってはいけない、寺のほうをふりむいてもいけない。
ふーむ。
荒神さんを慕うとともに大いに恐れ、荒神祭にお連れするに際して、ご機嫌を損ねないよう気を遣った様子がありありと。
ですが、現代のご婦人たちにそんな様子はみじんもなくて…。
境内には、露店の売り物などからして誘惑を誘うものが多数。
…なんですよね。
いくら、厨子に入った荒神様をお連れしていたからって、皆様、作法などなんのその、おおらかに笑い楽しそうにおしゃべりしながらお買い物です。
ややよそ者である身も、もちろん同様。
参拝よりも、露店の見学及び、境内の観察に費やす時間のほうが多いぐらい(笑)。
たとえば…。
この祭りの名物「釜おこし」。
荒神さん=竈のカミサマってコトにちなんだ、ご飯を炊く羽釜の意匠。
めっぽう可愛くないですか?
ピンクと茶色の色合わせもいい感じなもんで、どちらか選ぶ気もおきず、2こ一緒にお買い上げ。
一個300円という、縁起物的にはリーズナブルなんでまあいいのです。
(やや大きいもんで、あとで食べるのに難儀します。まさか残して捨てるなんて罰当たりなコトできませんし…)
境内は混雑していますので、この「釜おこし」を求めるなら、露店のこのお釜の暖簾をめあてに探してください。
「釜おこし」のご利益は、身上(=家屋敷を含む財産)を起こす。
かつては、「しんしょうおこす、かまおこし」との掛け声とともに売られていたとか。
「おこし」に「おこす」をかけたってわけですね。
荒神さまのご利益も、台所に祀れば一切の災難を除き、衣食住に不自由しないということなので、そこともちゃんとリンクしている。
江戸人の縁起の担ぎ方ってのは、大胆にして、繊細。
きちんと関連性を持たせているくせに、最後はダジャレって気の抜き方も、個人的には好きなところといえます。
もうひとつ気になるのが、「荒神松」。
松は火に燃えにくいから、やはり竈=台所にお供えするためのものです。
「釜おこし」は、この荒神松とともに台所にお供えしてからいただくのが正しいのだそうで、やはりこれも購入。
そのまま、懐紙と水引で飾って、お正月飾りにも使えるんじゃあないかなという魂胆もあります。
…お正月まで瑞々しいまま持つかな?
さてさて、そのほか、豆板、生姜糖、煎り銀杏、ゆで豆、唐辛子、金柑の砂糖漬けなどなど。
実は、荒神祭の門前に立つ露店は、いわゆるよくある祭りのステロタイプとは一線を画し、江戸がそのまま舞い降りてきたようなラインアップ。
ひじょうに見応え満点で、この露店を目当てにやってきてもいいぐらい(と罰当たりなコトを考えちゃうぐらい)魅力満載なのであります。
千躰荒神祭の、春季バージョンは3月27・28日。
祭りの帰路にして、すでに春バージョンが楽しみな感じなんであります。
◆今日は、2015年11月27日/旧暦10月16日/神無月丁未の日
◆日の出6時28分 日の入16時29分/月の出17時59分 月の入7時18分