涅槃会

2月15日は、お釈迦様が80歳で入滅された日。

入滅というのは、宗教的な悟りを開いた方が亡くなることを意味しますので、つまり、お釈迦様のご命日です。

実際になくなられたのは、旧暦2月15日なのですが、新暦で、お釈迦様をしのんでの法要「涅槃会」を行う寺院も多いようです。東京ならば、浅草寺や芝の増上寺などでは、今日、本堂に「涅槃図」を掲げ法要とともに一般に公開されるというのがよく知られたところでしょうか。

涅槃と涅槃図

「涅槃」とは、迷いも煩悩もなくなった心の境地を指す言葉が転じて、釈迦が亡くなったという意味。
涅槃図は、今まさにお釈迦様が亡くなるシーンを描いたものです。

その多くは共通して、白い花をつけた沙羅双樹の下で、お釈迦様が頭を北に安らかなお顔を西に向け、右脇を下にした姿で横たわり、周囲には、釈迦の十大弟子をはじめ、老若男女、動物達が嘆き悲しむ様子が描かれます。
絵によっては、右上のほうに天からかけつけたお釈迦様の母親マヤ夫人が描かれることもあるようですが、実はまだ見たことがありません。

仏教寺院には涅槃図いろいろ

一般公開の有無はさておき、涅槃図じたいは、多くの仏教寺院が所蔵し、それらは、様々な絵師によって描かれました。
なので、基本を守りながらも画風に密かな個性の跡を残し、描かれているものにも少しずつの違いがあります。

そして、その違いで密かに取りざたされているのは、実は、母親のマヤ夫人のことよりも、猫の存在だったりもするところが、ちょっと面白い。

由緒あるところでは、室町時代に京都東福寺の画僧明兆殿司の描いた「大涅槃図」などが有名。
今も東福寺の「涅槃会」で掲げられるそうですが、この涅槃図には、お釈迦様が亡くなるのを嘆き悲しむ動物の中に、猫が一匹いるのだそうです。

涅槃図に猫が描かれているのは非常に稀とされていますが、明兆の作品には他の涅槃図にも猫が描かれているようです。
現存するものでは、三重県津市の林性寺や鈴鹿市の龍光寺のものなどですが、観光案内やお寺の情報を見れば、どちらにもたしかに猫が描かれているとやや強調気味にインフォメーションされているのがほほえましく、猫を目当てにぜひいらしてくださいと言わんばかりです。

そういわれれば、行ってその猫を探してみたくなりますね。

猫のいる涅槃図の謎?

猫のいる明兆の涅槃図に関しては、絵を描いている時に、一匹の猫が色々な絵具をくわえてきて手伝ってくれたとか、
釈迦の唇の色に悩んでいる時、良い色の絵具を猫が探してきてくれたとか、いろいろな伝承が語られています。

実は、釈迦の入滅場面を描いた涅槃図に描かれていない動物は、お釈迦様の慈悲を受けられないことを意味し、明兆殿司は、描かれることのない猫を不憫に思ったのではないでしょうか。

明兆さんは猫好きだったのかもしれません。

江戸の涅槃図

そして、画僧明兆殿司の涅槃図に影響を受けたのか、時代が江戸にはいると、多くの画家が涅槃図にこっそり猫を描き残しているようです。
ちなみに、東京の護国寺には、江戸中期に狩野種信が描いた日本最大の「墨画 大涅槃図」があるそうですが、そこにも猫が描かれ、「猫曼荼羅」と呼ばれていると聞いたことがあります。ただし、護国寺の涅槃図は畳100帖敷(縦18.15~横8.8m)ぐらいと大きく、広げる場所がないため長い間非公開。

見て確認することはかなわないのが残念です。

博物館にも

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写真は、東京の国立博物館で、この時期に、よく展示される「涅槃図」。

平安時代に描かれたもので、作者は不詳ですが、基本のとおり、花をつけた沙羅双樹の下に横たわるお釈迦様と、周囲で嘆き悲しむ弟子、老若男女、動物たちが描かれています。
もちろん猫は描かれてはおりませんが、右上には黒い丸(写真だと見えませんが…)。

旧暦の2月15日は望月の日ですから、これは、満月を描いた跡だと思われます。
と見つけてしまえば、他の涅槃図に月はあったかどうか…。
またも、図の中にあるものの興味がひとつ加わりました。

涅槃図は、一度ぐらいでは全部を見たことにならない、毎年見るたびに不思議と必ずあらたな発見がある絵でもあります。

博物館所蔵のものは、一部絵具もはげ、非常に古びたたずまいの「涅槃図」ですが、中央にことさら大きく描かれたお釈迦様の穏やかな存在感が素晴らしい。

博物館のものは、浅草寺や増上寺などでご本尊として掲げられるものとは違い、魂のはいっていないとされる美術品ではありますが、やはり同じようにありがたいオーラを纏っています。
じっと眺めていれば、お釈迦様が涅槃に入り行く前に、周囲の弟子に最後の説法をしたように、何か教えをうけているような気分にすらなって来るから不思議です。

ちなみに、その最後の説法は、「遺教経(ゆいきょうぎょう)」という経典にまとめられ、今日の涅槃会の法要では、その「遺教経」が読誦されます。

民間信仰としての涅槃会

さて、東京地方の涅槃会はこのように仏教行事的な色彩の強いものですが、他の地方では、「釈迦の鼻糞」と呼ばれる団子やあられ餅、「やしょうま」という餅など、「涅槃会」由来の供物があって、参拝者に振舞われたり、節分のように撒いて拾わせたりと楽しそうです。仏教行事が、民間信仰に近い形で庶民の中に深く浸透している感じが色濃く、東京のものとはずいぶん様子が違います。

日程も、旧暦の2月15日に近い3月中旬にもってくるところが多く、そのお話は、もしこれらの「涅槃会」由来の供物が手に入るものなら、またその頃のテーマとしてみたいと思います。

★東京地方の涅槃会
◎浅草・浅草寺 2月15日10:00~ 於:本堂 ⇒ 公式サイト
◎芝・増上寺 2月15日11:00~11:00 於:大殿本堂⇒公式サイト
◎護国寺でも涅槃会があるようですし、仏教寺院がお近くにあれば、もしかして涅槃図が掲げられているかもしれません。